呉服屋の若旦那に恋しました
でもきっと、一番の原因は、あの雨の日の志貴の顔が忘れられないからなんだろう。
「なんか、疲れたな……」
なんだか、すぐに着物を脱ぐ気になれなくて、私はその場にぺたっと寝転がった。
こんなとこ志貴に見られたらきっとすごく怒られる。
でも、なんだか体が重いしだるい。
私は、雨音を聞きながらそのままゆっくりと目を閉じた。
目を閉じると、雨音と共にあの日の光景が蘇ってきた。
志貴のファンの子を置いて、志貴に強引に手を引っ張られて帰ったあの日。
途中から雨が降ってきて、志貴も私もびしょびしょで帰ったんだ。
志貴の怒った顔を初めて見た衝撃と、志貴の強引な手の繋ぎ方に驚いて、私は家についても暫く志貴の顔が見れなかった。
志貴が私の髪をタオルで拭いてくれたけど、私はお礼も何も言えなかった。
怖かった。
志貴が。
怖かった。
私も志貴にあんな風な冷たい目で見られるんじゃないかって。
だって、私も志貴に嘘をついてしまったから。
『志貴兄ちゃん、桜ちゃんの魂はー…』
……そう言えば、いつかの授業で、嘘には2種類あると聞いた。
【white lie】と、【black lie】。
前者は人助けの嘘で、後者は人を騙す嘘。
私のついた嘘は、どっちだったかな。
決して騙す嘘では無かったけど、無責任なことを言ったと思う。もし桜ちゃんが聞いてたら、怒られたかもしれない。
優しい嘘と、無責任な嘘は、時に紙一重だと、そう思う。
“俺、そういう人傷つける嘘つくやつ、大っ嫌い”。