呉服屋の若旦那に恋しました
……怖かった。あの言葉を聞いたとき、私は数年前に自分がついた嘘を思い出した。志貴が私に優しくしてくれるのも、あの嘘のお陰なんじゃないかと、そう、思った。
そう思ったら、怖くて全身が震えた。
私はなんて、無責任なことを言ってしまったのだろう、と。
志貴に嫌われたらどうしよう、と。
誰しもが自然と日光を浴びるように、
志貴が降り注いでくれる優しさも、当たり前のものとして浴びていた。
どんな時も手を差し伸べてくれる志貴に嫌われたら。
そう思うと、怖くて仕方なかった。
「ごめんなさい……」
夢の中の幼い頃の私が志貴に謝っているのか、それとも現実でのことなのか……。
夢と現実の狭間で、私はゆらゆらと揺れていた。
雨音が、過去と現在を繋げているようだった。
雨が激しく地面を打つ音。独特のあのにおい。
私は雨音とこの匂いがどうしようもなく嫌いだ。
あの時の悲しい気持ちが、蘇るから。
「嫌わないで、志貴……っ」
「………何を?」
あれ、志貴の声が聞こえたような気がする……。
徐々に過去の映像が遠のいて、雨に打たれる雪柳がぼんやりと見えてきた。
「帰ってきたらこんな所で寝てるから……何事かと思ったわ。ビックリさせるなよ」
「……志貴……?」
「ほら、着物の型崩れるから、起きな」
ああ、志貴、志貴だ……。
私は寝ぼけ眼のまま、ぼんやりと志貴を見つめた。
志貴は、昔と変わらず今もこうやって手を差し伸べてくれる。
雨の嫌な臭いすらかき消す志貴の安心する匂いに、少しだけお線香の匂いが混じっている。
なんだかその香りが鼻孔を擽った瞬間、胸の中がぎゅっと狭くなった。