呉服屋の若旦那に恋しました


「これ、凛々堂……?」

「帰りがけに美鈴さんに会ったからな。冷蔵庫にしまっておいてくれ」

「……へー」

「なんだ、食うなよ。お客さん用に回すんだから」

「回すのかよ! 折角志貴にくれたのに……」

「仕方ないだろう、経費削減だ」

「……商人魂」

「今度美鈴さんの家行くし、その時ちゃんとお返しするよ」

「え!? 家行くの!?」

「え、そんな食いつくとこか?」

「いやいやいや食いつくでしょそこは!」

「そうか?」

「美鈴さんがどうしてこんなにお菓子くれるのかとか、家に招いてくれるのかとか、考えたら分かるでしょ!?」

「はあ? そんなの仕事仲間としてだろ」

「……え、ガチで言ってるの……? だとしたら本気で引くわ……」

「おいお前なんだその顔は」


何故か美鈴さんの名前が志貴の口から出るのはあまり面白くないけど、志貴が今朝と違ってすっきりとした表情になっていることに今更気が付いた。

きっと、桜ちゃんのお墓参りに行って、少し気持ちの整理がついたのだろう。


…今度、私も桜ちゃんのお墓参りに同行させてもらおう。

そして、あの日のことを、桜ちゃんにも謝ろう。


雨は、いつの間にか止んでいた。

庭にはいくつもの大きな水たまりができて、雪柳はたくさんの光の粒に覆われていた。

雨上がり独特のにおいがまた立ち込めて、私は思わず鼻をつまんだ。


「なんだっけ、この匂いの化学物質……」

「ゲオスミン」

「えっ、志貴なんで知ってるの!?」

「さあ?」

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