呉服屋の若旦那に恋しました
今日は、お墓参りのため、衣都が元々休みを希望していた日だ。
衣都のお母さんの命日……彼女のお墓は、栃木の実家の近くにある。
衣都が栃木に行く準備をしていた時、俺も一緒に行くと言った。
衣都は目を丸くして驚いていたが、俺も毎年お墓参りに行っているし、この日は毎年休みを取っている。
……桜が亡くなった3日後に、衣都の母親も息を引き取った。
だから7月は、俺にとって思い返すことが多過ぎる月で、いつも考え事で頭がパンクしそうになる。
ぼうっとしていることの多い俺を、衣都は放っておいてくれる。衣都のそういう察しは、幼いころから恐ろしいほど良い。
「田舎だー」
「もわっとしてるな……暑さが……」
「志貴、アイスー」
「暑さ対策=アイスという考えどうにかしたらどうなんだ太るぞ」
「うるさい鶏ガラ」
「と、鶏ガラ……?」
今日は俺も衣都もお互いに私服だ。
衣都は淡いすみれ色のギンガムチェック柄のプルオーバーに、ソフトデニムのストレートパンツを履いている。
いつかの女子アナかぶれみたいなブランド品だらけの気取った格好より、よっぽど似合っていると思った。
駅に着いた俺たちは、とりあえず旅館に荷物を置くことにした。
日帰りで帰ってくる予定だったらしい衣都は、俺がついでに温泉に行くぞと言ったときは、子供みたいにはしゃいで喜んでいた。
久々の休日と大好きな温泉で、新幹線の中で衣都は終始上機嫌だったが、栃木の暑さに当てられた瞬間機嫌が悪くなった。こういうところも幼いころから変わっていないと思う。
俺は、ぐずっている衣都を完全に無視してタクシーを拾って旅館まで向かった。
「すみません、予約していた浅葱と申しますが……」
「お待ちしておりました。こちらにサインをお願いいたします」
「はい」