呉服屋の若旦那に恋しました
「志貴、お線香あげて」
「……ああ」
衣都の声に、ふと我に帰った。
衣都が、お線香を俺に渡した。俺はそれを受け取って、すっと薫さんの前にしゃがんだ。
「ふ、またぼうっとしてたの?」
「いや、薫さんと通信してた」
「本当に!?」
「衣都太ったねって言ってたぞ」
「嘘だ!!」
お線香をそっと香炉に立てた。オレンジ色の火が少しずつ下にさがり、灰色の部分が増えて、線香の香りがあたりをさまよう。
細い煙が目にしみて、俺は胸の前で手を合わせ、目を閉じた。
俺は、今年も同じことを薫さんの前で誓った。
衣都の幸せを、誰よりも願います。
俺は、そのたった一つの誓いを、深く深く胸に刻んだ。薫さんの前で。
「……なんか、私より長くない? 何を報告してるの?」
ゆっくりと目を開けると、衣都が不思議そうに質問してきた。
俺は、少しだけ目を細めて、衣都の頭をぽんと撫でた。
「衣都がいまだに寝相が悪くてこの間とうとう棚を蹴ってめっちゃ高い花瓶を倒しましたっていうことをー…」
「……その件はすみませんでした本当に」