呉服屋の若旦那に恋しました
お墓参りから帰り、部屋に案内されると、衣都はまた子供のようにはしゃいだ。
10畳和室と5畳和室の2間の部屋を予約した。
色の濃いどっしりとした木のテーブルに、曲げ木の座椅子が2脚。部屋に入った瞬間畳の良い香りがした。障子を開けると、景色を見ながらくつろげるスペースが確保されていた。
俺が、部屋に飾ってある掛け軸を見ている間、衣都はちょろちょろと部屋の中を動き回り、テーブルの上に用意されていたお茶菓子を既に食べていた。
「落ち着きなさいよ……ていうかさっきまであんなに嫌がってたくせにようはしゃげるな」
「1泊で帰るなんて嫌だー」
「畳の上ゴロゴロするんじゃありません」
「ゴロゴロゴロー」
「……また棚にぶつかって花瓶倒したりすんなよ」
「オッケー!」
「………」
俺はかなり疑心の目で衣都を見ながら、携帯を取ってそっと部屋を出る準備をした。
そんな俺に気付いたのか、衣都が少し不安そうな顔で、
「どこか行っちゃうの?」
と、言った。
俺と一緒の部屋は嫌と嘆いていたくせに、ちょっと俺が離れるだけで不安そうな顔をするなんて……彼女はつくづく策士だと思う。
「ちょっと電話をするだけだ。おとなしく待ってなさい」
「はーい」
俺は部屋を出て、1階のロビーにあるソファーに座った。
そして、“近衛 藍”のフォルダを開き、番号を押した。
この栃木県に住んでいる近衛藍。……衣都の姉だ。
彼女に連絡をするのは、2月以来だった。彼女に電話をするのは、いつまでたっても慣れない。
電話の向こうで、俺の名前が表示されたのを見た時の彼女の表情を想像するだけで、息苦しくなった。
「………はい」
「浅葱です。ご無沙汰しております」
藍さんの声は、衣都とまったく似ていない。
女性にしては少し低く、声だけで仕事ができる女性だと分かる。
「…今、栃木にいます。衣都さんと一緒に、薫さんのお墓参りに来ました」
「………」
「近くまで来たので、一応ご報告を…と思い」
「そうですか。わざわざありがとございます」