呉服屋の若旦那に恋しました
機械的な彼女の声に、もう何を話しても意味がないのでは、という気持ちにさせられた。
俺が暫く黙り込んでしまうと、もういいですか、という声が俺を急かした。
「衣都は、」
「……」
「衣都は、元気ですので……、ご心配なく」
「……そうですか。まさか本当に一緒に暮らし始めるとは思っていませんでした」
「………」
「あの子が、普通に東京で就職に成功していたら、あなたはどうしたんですか? それでも無理矢理京都に呼び戻したんですか?」
彼女の声が、だんだん威圧的になっていくのを感じた。
俺は、電話越しにその静かな苛立ちをひしひしと感じ取っていた。
「いえ、その場合は、遠くから見守る予定でした」
「……4年間も約束を守り続けたのに、結局はそんなにあっさりと諦めてしまえる覚悟だったんですね」
「……今回のことは、衣都が、薫さんが、最後に与えてくれたチャンスだったんだと、そう思っています。この1年で、今後衣都とどうしていくかを決めて……ダメだった場合は、ちゃんと割り切るつもりでいます」
「割り切れるの? 本当に?」
「……」
「衣都は割り切れても、あなたは? 本当に割り切れる? あなたが生きている理由は、償える存在は、衣都そのものなのに、彼女がいなくなったら、あなたは生きていけるの? そんなに依存しきっているのに?」
「それは……」
「私は、衣都と関わらないで欲しいと言ったあの4年間で、あなたの誠意や覚悟を試したかったとか、そういうんじゃなくて、とっくにあなたはあなたで勝手に幸せになって欲しかったのに……あなたはまだ私が何に対してこんなに怒っているのか分かっていないの?」
「………」
「……切るわ。もう一々あまり連絡をよこさなくてもいいから」
―――彼女の言葉が、容赦なく心の内をえぐった。
ツーツーという機械音を聞きながら、俺は深く刺さった彼女の言葉で、その場から動けなくなってしまった。
“あなたが生きている理由は、償える存在は、衣都そのものなのに、彼女がいなくなったら、あなたは生きていけるの? そんなに依存しきっているのに?”
依存……?
その二文字が、ぎゅっと胸を縛り付けた。まるで鎖みたいに。
俺は、衣都の幸せを、一番に願うと、そう誓って生きてきた。
けれど、俺は衣都がもし俺から離れたいと言ったとき、自分を守ってくれる俺以外の誰かを見つけた時、果たして本当に手離せるのだろうか……?