呉服屋の若旦那に恋しました
一か月前のことを思い出すと、今でも顔から火が出そうになる。
今回と言う今回は、さすがに今まで通りでいる、というわけにはいかなかった。
……どうやらそれは、私だけらしいが。
「……衣都、後れ毛が」
「ぎゃあっ」
「………」
「ご、ごめん、お、後れ毛、直してくる」
今日は中本さんと志貴と3人での営業日。
あと30分ほどで閉店の時間なのだが、私は本当に1日を長く感じていた。
「衣都さん、最近顔色が悪いけれど、大丈夫?」
「な、中本さん……、すみません大丈夫です!」
あれからずっと、志貴とまともに目を合わせられない。
私は後れ毛を直しに、一旦奥の部屋に戻り、ひとつ大きなため息をついた。
「つ、疲れる……」
もうだいぶ仕事も覚えたし、着付けもだんだん上達したし、専門用語だってかなり分かるようになった。
なのに、8月になってもう一度志貴が原因で仕事に躓くとは……。
駄目だ。こんなんじゃ仕事に支障が出る。ていうかもうすでに出てる。
平常心、平常心……と胸の中で何度も唱えるけれど、いざ志貴を目の前にすると、あの日のことが一瞬でフラッシュバックしてしまう。
こんなんじゃ駄目なのに……。
「あれはただのオッサン、ただのオッサン、ただのオッサン……」
「おい誰のこと言ってんだ」
「わあっ」
「人を幽霊みたいに扱うなっ」
ぶつぶつと暗示をかけていると、ひょいっと志貴が現れて、私の頭を軽く叩いた。
下にしゃがみこんでいた私と目線を合わせるように志貴もしゃがんだ。
そして、ぐいっと私のおでこを押して、無理矢理顔を上げた。