呉服屋の若旦那に恋しました
そうこうしている間に仕事の話は終わったらしい。気遣うような2人の声が耳に入った。
志貴が門を出た時にこれを渡せばいい。そうしよう。
私は、門にぴったりと背中をくっつけて、志貴が出てくるのを待った。
「……志貴さん、そういえば、温泉はどうでしたか?」
「ああ、凄く良い所でしたよ……って、ああああ! 美鈴さんに持ってくるはずのお土産忘れてきてしまいました!」
「あら、結構おっちょこちょいなんですね」
「すみません、明日また届けに来ます」
「まあ、すみませんなんだか……」
「いえ、こっちこそ本当すみません……美鈴さんもお忙しいですのに」
「いえむしろ、忘れてくれて今少しラッキーと思っています」
「え」
「明日も、志貴さんに会えるのかと思うと……」
「え……」
え……?
美鈴さんの突然のアプローチに、胸の中がざわついた。
さすがに鈍感な志貴もやっと美鈴さんの気持ちに気付いたのか、言葉を詰まらせていた。
私は、もう一度恐る恐る二人を盗み見た。
美鈴さんは、なんだか泣きそうな顔で、志貴の浴衣のすそを掴んでいた。
さっき水を飲んできたばかりなのに、妙に喉が渇いた。
とても、とても嫌な予感がした。
「志貴さん……もう気づいていらっしゃるかもしれませんが、私、そろそろこの気持ちを抑えきれそうにありません……」
「えっと、待ってください……それはそういう…あれですか?」
「ふふ、あれですかって、なんですか」
「いやいやいや自分で言うのもあれじゃないですか」
「ふふ、志貴さんの、そういう面白い所も好きです」
「……あ、ありがとうございます」