呉服屋の若旦那に恋しました


―――私は、門のそばにお土産を置いて、走って家に帰った。

思えば、春に志貴の家に来てから、私は気が休まる日が無かった。

新しい生活に慣れるのに必死だったり、着物のことを沢山勉強したり、東京の友達との距離を感じたり、

志貴の優しさを感じたり、本気で叱られたり、ドキドキさせられたり、かと思えば素っ気なくされたり、

悲しくなったり、へこんだり、怒ったり、嫉妬したり……。


―――もう、やだ。

もう、志貴のそばにいるの、やだ。

疲れた。

もう、どうしたらいいのかわからない。

このままじゃ、自分のことを見失ってしまいそう。



今のこの感情を、ひとことで表すのならば、喜怒哀楽のどれでもなく、“疲れた”という言葉に尽きる。

もう、志貴のことで悩んだり嫉妬したり心配したり落ち込んだりすることに、疲れた。



志貴は、あのあとどうしたんだろう?

私と同じように、美鈴さんにもキスをするの?

受け入れてしまうの?

私のことをどう思ってるの?

私だけに優しいわけじゃないの?

志貴の結婚に対する本当の気持ちはなに?


ぐるぐると感情がまわって、志貴のあの言葉がさらに私の胸を締め付けた。



“あんまり俺を意識するな”。



「……志貴のバカっ…」


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