呉服屋の若旦那に恋しました
第三章
閉じ込めていた想い
そう言えば随分昔に、赤色の細い糸を撚り合わせて作った、赤い糸のお守りを、志貴にあげたのを思い出した。
志貴は、あのお守りを、もう捨ててしまったかな。
「衣都……、志貴君とこはやく戻りなさい」
「嫌」
「今日も心配して家に来たぞ」
「知らない」
畳の上で携帯をいじっている私を見て、父は呆れたようにため息をついた。
志貴の家を出てから三日目。私は実家に帰り、志貴が迎えに来ても絶対に家から出なかった。
母が亡くなって、姉も栃木県に就職し1人暮らしを始め、父一人になったこの家。
普通男の人の1人暮らしなら家は散らかってしまうことが予想されるけど、父の性格上そんな事態にはなっていなかった。
「志貴君と何があったかは知らんけど、仕事はどないなってるんや」
「元々私がいなくても普通に成り立ってたんだよね? それに私はいきなり婚約の話を持ち出されていきなり呉服屋に勤めるっていう強引なことをされたんだし、強引に有給を取っても文句言えないと思う」
「……お前はほんまに昔から怒ると理屈っぽくなるなあ」
「今の状態で仕事に行っても、私は迷惑をかけるだけだもん」
「そういうのを正当化って言うんや。暇なら家事手伝いなさい」
「……」
「衣都」
お父さんの威圧的な声に、私は渋々携帯を置いて、お父さんの後を付いていった。
任されたのは、別棟にある父の小さなアトリエの整理だった。
代々受け継がれし藍染め職人である父の作品は、このアトリエに眠っている。
木造建築の小さなアトリエは、木と藍染独特の匂いが充満していた。