喩えその時が来たとしても
今朝は全くのアンラッキーだった。せっかく岡崎先輩とまったりミルクティーが飲めると思ったのに、相馬の奴め。だいたい佐藤先輩も諦めが悪過ぎる。好きな人が居るから付き合うのは無理って言ってるのに、まだチャンスが有るとでも思ってるのかしら……それとも、ただ鈍いだけだとしたら相当だわ!
この現場に来て私は、初めて女としてじゃなく人として懇切丁寧に指導して貰った。最初の現場なんか、とてもじゃないけどやって行けない程酷い物だったんだから。二ヶ月で異動願いを書いたわ。あんなギラギラした目で見られ続けるのは耐えられないもの。
「馬場ちゃぁん。今夜飲み行かなぁい?」
猫なで声で私を誘ってくるのは指導係の土方だったか膝肩だったか言う主任補佐。使えないけど勤続年数は長いから、会社が仕方なく補佐職を作って彼の席を用意したに過ぎない。そんな事も知らずに、
「俺が育てたとなれば出世コースは間違いない。せいぜい俺から嫌われないよう、媚びを売っとけ」
とかなんとか言いながら近付いて来ては私の身体を触ろうとする、とんでもないエロおやじだった。私の配慮でセクハラ直訴という事実を表向きにしなかったから、彼は『一身上の都合』という名誉ある退職が出来たんだ。
次の現場でも程度こそあれ、ちっとも仕事を覚えられる状況じゃなかった。でも、どこからか土方の情報が漏れて『アイツに手を出すとヤバい』みたいな空気が漂って、みんなが私を避けるようになったの。
どうしてただ女だというその一点でこんなに苦労しなければいけないんだろう、私なんか大していい女じゃないのに。男ばかりの職場だから良くないのだろうか。やっぱり就職に拘らず、バイトでもいいから服飾の仕事に就けば良かったのかしら。……そんな思いを抱えながら毎日をなんとなく過ごしていたら、工期が少なくて火が吹いているこの現場の応援に回される事になった。前の現場からしてみればいつ破裂するか解らない危険物を排除する、ていのいい厄介払いよね。
その時に辞めてしまうという選択肢も有ったんだけど、話が急過ぎたから次の職探しをしている時間も無かったし、やりたい事も無かった。何よりこの現場、自宅から自転車で五分というベストな通勤環境だったから、一も二もなく承諾したって訳。
そしたらここに指導係として居たのが岡崎先輩だった。一見はどこにでも居る男性だけど、私が解り易いように噛み砕いて物事を説明してくれる、凄く頭の良い人だった。仕事上の悩み事も難なく解決案を導き出してくれるその能力、ストイックに自分を抑えて現場のスムーズな運営を心掛ける態度に私は憧れた。