喩えその時が来たとしても
 
 兄貴の霊が乗り移っているらしいハム太郎の話は続いた。そう、彼の言うピザ屋の女性デリバリーが「インコを飼っていないか」と尋ねてきたのは覚えている。飼っているのはハムスターだけだと言ったら不思議そうに首を傾げていたっけ……。だがその事は俺とハム太郎しか知らない。これはハム太郎が兄貴だという事実、いや少なくとも日本語を理解出来る能力が有る事を裏付ける証拠に他ならない。『頭は回せないが、回し車はいくらでも回せる』なんてオヤジギャグは、いかにも兄貴が言いそうなお寒い駄洒落だし、何よりあのエロDVDのタイトルを馬場めぐみに言わせた事こそがハム太郎イコール雅也の証拠になる。

 しかしそうしている内にも、このハムスターは全く落ち着かない。身振り手振りを交えながら腰を据えて話しているなら真実味も有るが、ヤレ回し車を回したり、滑り台を駆け上がったり、ソレ小屋を出入りしたり、ひまわりの種の殻を蹴散らしたりと、全くじっとしていないのだ。あのお寒いけれど、口は悪いけれど優しい、どっしり構えて頼り甲斐の有る兄貴と、また再び会えている喜びを素直に表現出来ないのは、ここに原因が有る。

「そうしたら私が……」

 また何か話し出したのか? 馬場めぐみはチラリと俺を見やってほくそ笑んでいるような表情を見せた。

「でもお兄様、なんで私の名前を知ってたの?」

 その答えをハム太郎から聞いて、満足そうに頷いた馬場めぐみ。気になる……兄貴が何を言ったのかが、非常~に気になるっ!

「なぁ、今なんて言ったんだ?」

「うん、大した事じゃないわ。そう、それよりお兄様。先輩に伝えたかった事って?」

 事も無げに流されてしまう。しかしそれを知る術は俺には無い。それになんだ? 伝えたかった事って、何か重大な事なのか?

『そうだよ。大事な事なんだ』

 馬場めぐみはまた、通訳モードに入った。

『まず警告しておく』

 あれだけ落ち着きの無かった兄貴が俺を見上げて身じろぎもせず(馬場めぐみを通して)言った。

「なんだよ。改まって」

 所詮、霊とは言ってもお寒い兄貴の事だ。オナニーのやり過ぎは身体に毒だとでも言うつもりなのだろう。だがそうならそうで心配は要らない。何故ならまぁ……なんだ、アレだ。馬場めぐみが彼女になってくれたんだから、彼女無しの俺ではもう無いという事だ。

 いずれ彼女は俺の昂りを受け止めてくれる存在になってくれる筈で、今までみたいに自ら慰める必要は格段に減る。


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