喩えその時が来たとしても
「セルフを減らせとか言うのか?」
俺はそう口にして、そのセルフ中の状況を思い描いて青ざめた。テレビの横、一番日が当たらない涼しい場所に彼のケージは置いてある。あろうことかハム太郎に、兄の雅也に、俺の破廉恥な行為とその恥態を、余すとこなく見られていた。何回だ? いや何百回かっ?! はっ、恥ずかし過ぎるっ!!
『いやいやいや、それは自由にやってくれ。そんなの俺がドウコウ言う問題じゃねえっての。俺が言いたかったのはな、お前の運袋ウンブクロが開きっ放しになってるって事なんだ』
「ウンブクロ? 新しい男性デュオか? 何だそりゃ、沼袋とか池袋の親戚か? それとも切り方の問題なのか。雲伏・炉? 云舞・黒? う……んぶくろしぇだらほげぇええ!!」
最後は北斗神拳で秘孔を突かれたみたいになって、俺の思考は破裂した。
『お前、馬鹿にしてやがるな? 俺がハムスターだからってよおっ』
また兄貴は、兄貴扮するハムスターは、あちこち忙しなく動き出した。
『俺だってな。こんな落ち着かない容れ物に入れられて、大層迷惑してんだよ。大型犬とかならまだ悠然と構えてられるのに、お前がケチってハムスターなんか買うから悪いんじゃねえか!』
そうか。兄貴が死んで暫く、俺は脱け殻みたいになってた。そして四十九日の法要が済んで形見分けをしたあの日の帰り道。妙にあのペットショップに心を惹かれたんだ。あれは兄貴と俺を引き合わせる為だったんだ。あの時俺は、フラフラといざなわれるように店のドアをくぐった。それから俺は、それと知らずに兄貴と共に生活をしてたんだ。
そりゃあ俺だって、ラブやらハスキーやらボルゾイなんかの大型犬を侍らせてみたかったさ。だけど仕方無いじゃないか! カードは部屋にしまってあったし、財布に何万も持ち歩ける程、現場監督は儲からないんだから。
「んだっ、だけどな兄貴。ケージも小屋も遊び道具も、最初から全部揃えてやったじゃないか!」
『それが余計なんだよ。こっちは遊びたかねえのによ、滑り台が有ると滑らなきゃいけねえ。回し車は全力で走らなきゃいけなくなる。身体がな、疼くんだよ。じっとしていられねえんだよ!』
なるほど、そう言っている間も雅也は右往左往の七転八倒だ。ハムスターというのはそういう生き物なんだろう。
「なるほどね」
感心頻りで頷くと、雅也は転げ回りながら怒っている。
『バカ野郎! 感心してんじゃねえ! それより大切な事が有んだろ!』
「ウンブクロ?」
会話はようやく本題へと戻った。