喩えその時が来たとしても
私が台所に立つとすぐ先輩も側に来てくれた。
「お茶なら俺が入れるよ。めぐは座ってて」
ああっ! 斜め45゚後ろからの優しさ溢れるセクシーボイスはヤバイ。腰砕けになりそう。
「じゃ、じゃあ二人で一緒に入れませんか? お茶っ葉とかはどこに有ります? 覚えておきたいの」
きちんと整理された茶箪笥代わりのカラーボックス。役割毎に段が別れていて、解り易そう。
「湯沸かしは電子ポットがここに……急須と湯飲みはここ。でもさ、めぐはお客さんなんだから……入れさせてくれよ、俺に」
先輩ったら「入れさせてくれよ」だなんて、ヤバ過ぎワードをさり気なくぶっ込んできてるわ。これは私の守備力を下げる、作為的な予備呪文に違いない。だってまだ私達は手も繋いでないんですもの、先輩もあらゆる方向から様々な手段を講じて私攻略に掛かる筈。
「解りました。じゃあ入れて頂けますか」
私も負けずに返したわっ!
「お、おう。濃さはどうする」
「うんと濃いいのを下さい」
「!!」
先輩の目の焦点が合って無いのが見て取れる。多分妄想世界にお出掛けしてるんだわ。妄想してる先輩の妄想世界を妄想してる私は、(ややこしいわっ)どんどんメスになっていってしまってる。
『お~い、めぐみちゃぁん。そこでイチャイチャするのも大概にしてくれよな』
ああっ! お兄様を忘れてた。完全牝モードになる前になんとか現実に戻れたわっ!
「どうもすいません。お兄様はお水でいいですか?」
その私が発した返事を聞いて、先輩もめでたく妄想世界からご帰還なされた。
『ああ、新鮮なヤツをお願いする。それとひとつ、氷を入れてくれないかな、哲也の入れてくれる水は生ぬるくていかん……だそうです』
先輩は眉をひそめてケージ越しにお兄様を覗き込んだ。
「あのなあ、兄貴。ハムスターが冷水をしこたま飲んで、身体にいいと思ってるのか?」
『なんだその上から目線は! ハムスターにだってな、嗜好品をたしなむ権利が有る筈だ! ハム権軽視だ。ハム権侵害だぞ』
「ハム権って兄貴。人間だったら多少の有害物質を取り込んでも何とかなったりするがな、ハムスターのその身体は脆弱なんだ。長持ちさせたかったら少しは考えろ!」
もっともな意見だわ。お兄様も素直に聞いてくれるかしら。
『俺はもうすぐ寿命だ。余生は欲求に素直でありたいな』
駄目だったみたい。