喩えその時が来たとしても
 
 先輩はお兄様が入っていった小屋を呆れ顔で見ていたけど、しまいには溜め息をつき、「お茶飲もうよ」って私を顎で促した。

「先輩……」

「話す気になるまで待ってろって事だろう」

 まあ丁度いい小休止だと思う。先輩もあんな急に色々言われたら、心の整理がつかないものね。

 するとチュチュっと小屋の中から声がした。お兄様の『どうだ? これがいいのか?』の声も!

「先輩……」

 私は真っ赤になって先輩に耳打ちしながら小屋を指差す。

「お兄様、また始めちゃったみたいです」

 チュチュッ、チュチュッとキャンベルちゃん(仮称)とお兄様の嬌声が続いている。暫くして一際気持ち良さそうにチュチュチュゥゥゥゥ! とお兄様の鳴き声が響くと、ヨタヨタと頼りない足取りで小屋から出てきた。

「兄貴、弟の将来と自らの性欲を天秤に掛けてコレか」

 先輩は冷たく言い放ってお兄様を見ている。

『いやぁ悪い悪い。この身体は本能に抗えないようになってるらしいんだ。しかし最高だぞ、哲也にも味わわせてやりたい』

「一回死んでハムスターになるってか? 出来れば遠慮したいんだが……」

 お兄様は『いやいや、こんなにイイのはまず人間では経験出来無い。どこかの被告みたいにMDMAとかシャブとかを極めてたら別だけどな』とか言っている。

「解った解った、解りましたよ。だが兄貴、それはそうとどうして運袋の事を知ったんだ?」

『いや、話すと長くなるんだがな……』

 そう言うとお兄様は、自分が亡くなる前の事から話し始めたの。

 雅也お兄様が事故に遭ったのは、残暑がやっと落ち着いたある夕暮れ。自転車で走っていたお兄様を、夕日に眩惑させられたドライバーがバックミラーの中に発見したのは、時既に遅しだったそうで……。内輪差に巻き込まれたお兄様は、ダンプの後輪で踏み潰されてしまったそうなの。

「痛かったろうな……ああっ、想像するだけで鼻がツンとする!」

 先輩は沈痛な表情で天を仰いだ。

『実際はそうでもなかったな。痛いと言うより熱かった。タイヤに潰された自分の骨がバキバキいう音がでかかったのは覚えてるけど……』

 言ってみれば爪と肉との境目にカミソリの刃をサクッと入れるとか、ミシンで雑巾と手のひらを縫い付けるとか、舌をハサミでチョキンと切るとかのアレだ。思い浮かべるだけでも痛いシーンだ。

「お兄様、可哀想……」

 私は思わず自分の肩を抱き締めていた。


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