喩えその時が来たとしても
ダンプに轢かれた時、兄貴は一体何を思っていたんだろうと、葬式の間中考えていたのを思い出す。父さん母さんに孫の顔を見せてやりたかったろうに。まだやり残した事も沢山有ったろうに……。
ヒンヤリとした石造りの斎場で兄貴の無念を考えていると……、その激痛を想像すると、涙が後から後から溢れ出て止まらなかったっけ。
しかし実際は熱いだけだったという。そうだ、防衛本能だ、生存欲求だ、恒常性維持機能だ。ショック死しないように神経が痛みを熱として伝達したのだ。天敵の猛獣に自らの肉を貪られていても、僅かな隙を突いて逃げ出すための特殊なゾーン。普段なら絶対踏み入る事の出来ないその領域の扉は、生命の危機に及ぶと開け放たれる。
決定的な死から逃れるチャンスが訪れるかも知れないその瞬間を、最後の最期まで待って生にしがみつくのが生き物なのだ。
自ら死を選んだりする者は、生き物の風上にも置けないのだ。
しかし結果、生き延びる為に最大限努力したであろう兄貴は生を繋ぐ事は出来なかった。兄貴の時計はそこで針を止めた……筈だった。
「お兄様、可哀想……」
馬場めぐみは自分の肩を抱きすくめて俯いた。そう、後ろから見ると抱き合う恋人どうしが接吻をしているように見えるというアノポーズだ。
い、愛おしい……。
思わず抱き付きそうになる衝動を何とか抑え込んで、俺は兄貴に聞いた。
「そこからどうやってハムスターになったんだ?」
『それはお前が金をケチったせいだって言ったろ! それよりな、物事には順序ってもんが有んだろ、まずは運袋の話だよ』
「……あ、ああ。そうだな……悪かった。先に進めてくれ」
目の前をうろちょろと動き回るこの小さい奴からやり込められるという違和感(劣等感か)はまあ置いとくとして、俺は話の続きを促す事にした。
『それが俺の最後の生前記憶だったんだ。そして俺は目覚めた……いや、今度は魂としての覚醒をしたんだ』
「魂として……か……」
「つまり霊魂……幽霊になったんですか?」
馬場めぐみも身を乗り出して兄貴の話に没入している。ここから先は、話には良く聞くけれども、実際経験出来る機会は滅多に訪れない(訪れて欲しくない)死後の世界の話なのだから。
『めぐみちゃん。それは正しいようで正解ではないな』
ん? 今兄スターが立ち上がって腕を組まなかったか? ゴシゴシと目をこすって見直してみたが既に兄貴は回し車で激走中だった。