喩えその時が来たとしても
兄貴は当然の事ながらやっぱり俺の兄貴だった。生前から誰もが認める弟思いの兄だった「雅也兄さん」……こんな呼び方、二人の時はちゃんちゃらおかしくて出来なかったけど、何かにつけ影になり日向になり俺をサポートしてくれた兄さんに、いつも心の中では感謝してたんだ。本当は言葉にしなきゃいけなかったんだろうが……。
『哲也、解ってる。口に出さなくたってお前の気持ちは伝わってる。兄弟だろ、当たり前じゃねえか』
「あ、兄貴」
なんて絶妙なタイミングだ。これが生前の兄貴なら懐に飛び込んで泣きたい所だが、いかんせん相手はハムスター。飛び込める程の懐は無いし、俺と兄スターの間はケージの壁で阻まれている。
するとふと、俺は柔らかな温もりに包まれていた。
「良いお兄様で良かったね、先輩」
なんと馬場めぐみがその豊満な胸の谷間に俺の頭を抱き、優しく撫でてくれていたのだ。
「めぐぅ、兄貴ぃぃ……えぐっ、うぐっ」
熱いものがこみ上げてきて、思わず嗚咽が漏れてしまったが、呼ぶ順番は兄貴を先にするべきだったか……。そんな事を考える間もなく、俺の鼻腔は柔軟剤の良い香りと、そこにほんの少し混ざった牝の匂いで満たされた。
『落ち着いたか? お前は昔から涙脆かったからなぁ……で、これからが本題だ。……って、真面目に聞け、哲也っ!』
俺は馬場めぐみのフェロモンにやられて、彼女に馬乗り、いやハム乗り……いやいや人乗りか……いや違う。この場合は馬乗りで良いんだ。その馬乗りになって、胸の谷間に顔を埋めていた。
「ちょ、先輩……」
「ごめん、めぐ。ちょっと調子に乗り過ぎた」
「ううん、でも今はお話を聞かなきゃ。そういうのはまた今度ね」
そう言う彼女はなんとも形容し難い微笑みを浮かべている。清潔感の有る佇まいの中、優しさと慈愛で満ちた目元。それに反して強烈なエロティシズムの潜んだ唇が男の劣情をそそる。その表情は古来から現在に至るまでの偉大な画家達でさえ表現出来なかったであろう、仁慈と淫靡が完全に同比率で混在する鮮烈なる美のカタチ。彼女はまるで、この世に舞い降りたエロスの女神。
「め……めぐ」
危なくまた馬場めぐみにのし掛かる所だった俺は、思い切り自分の頬をつねって燃えたぎるデザイアに制御棒を降下させ、緊急停止を掛けることでメルトダウンを回避した。
『まったく。お前も俺の抑えが効かない性衝動と大して変わらんじゃないか』
不本意ながら俺は、また小さいのからやり込められてしまっていた。