喩えその時が来たとしても
「お待たせしました」
「あいよ。道具は持ったか?」
「ここに一式有ります」
「じゃあ行くか、では坂本さん。段取りの方はお願いしますね」
私が事務所に上がっていたこの少しの間に先輩は、設備屋の坂本さんとの打ち合わせを終えたみたい。さすがデキる男は違うわぁ……イケナイイケナイ! また目がハートになる所だった。
「馬場さん。レーザーは持った?」
「はい、入れてあります」
「ちょっとシビアな位置変更だから念の為ね。でも馬場さんもだいぶ解ってきたね」
先輩はにっこり微笑んで私のハートを更にズキュンと貫く。レーザーはレーザー墨出し機の略で、レーザー光線で建物の基準となる線を光らせて表示する物。何も解らなかった頃に「レーザーを取ってこい」って言われた私は、レーザー光線銃みたいな物を探して三十分も倉庫をウロウロした経験がある。
「ああ岡崎さん、こっちこっち」
型枠大工の佐藤さんだ。大工さんには二通りあって、こちらの大工さんはコンクリートを流し込む型枠を木で作るのが仕事。
「お待たせしました佐藤さん。早速ですけど……」
先輩はテキパキと変更図面を開いて説明を始めた。
「変更された什器のサイズぎりぎりに、間仕切りをX12通り側に寄せないといけないんですよ」
「そうするとこっちの壁に当たっちまうんじゃないか? 枠がバラせなくなるぞ?」
と佐藤さん。型枠は流し込んだコンクリートが固まったら解体するので、その時の事も考えなければいけないし、コンクリートは重量が有るので頑丈に作らないと型枠ごと弾けて流れ出し、大変な事になってしまう。
「そこでこういう組み方をして貰いたいんです」
「なるほど、これなら行けるな。ちっとも考えつかなかったよ」
さすが岡崎先輩だ。これまで見てきた仕事に関してもそうだけど、各々の工程の全てに、各職長よりも精通している。
「んじゃ馬場さん、手伝って」
「はいっ!」
そんな滑り出しの今日だった。
「大変だ! まずいぞ」
「誰か救急車を呼べ」
「ありゃ助からないって」
職人達が口々に発しながら中庭の方へ急ぎ歩いて行く。
「岡崎さん大変だ。トビさんが足場の最上段から落ちたらしい」
「何ですって?」
私達は道具を放り出し、取るものも取り敢えず走り出した。