喩えその時が来たとしても
「め……めぐ」
先輩は私を求めている。でもお兄様の話を聞かなければ命に関わる。その葛藤は察して余りある。けどそれは先輩だけじゃない。私だってこの谷間にパフパフさせてあげたいんだから。先輩をこの胸に抱き締める衝動を必死で堪えてるんだから。
ただ先輩の熱い息をここに感じるだけで、ただそこに先輩の頭が有るという事実だけで、私の全身の血は逆流し、身体中が火照る筈。いいえ、それだけでは済まされない。また私のワガママな泉がいとも容易く決壊してしまうと思うの。
更にそれがもし、煌々と照らされた照明のもとで、あらわになった私の胸を先輩にさらすことになったとしたら……その谷間に先輩の頭が押し付けられるのだとしたら……私の脳髄はトロトロととろけ出し、身体の穴という穴から噴き出して、しまいには体液の海を作ってしまうでしょう。
でも私達が交わす情熱は、お兄様の動物的欲求とは根本的に違うと思うの。そこには互いを思い遣る慈愛が満ちているのだから。求め合う以上に与え合うのだから。
「お兄様、先輩と私は愛し合っています。でもそれは本能でただ求め合うのとは少し違うと思うんです」
私が先輩の擁護に回ると、お兄様はバツが悪そうに走る速度を落として(でも止まることはせずに)謝罪した。
『ああ、ゴメンめぐみちゃん。まあそうかも知れん。動物と人間は違うからな。気を悪くしたんなら済まなかった』
「いえ、私こそお話の腰を折っちゃってすみません。先に続けて頂けますか」
お兄様の全く心がこもってない謝罪もどうかと思うけど、そんな些事に拘ってる場合じゃないものね。先輩の為にもスルーよ!
『やっと本題に入れるな。……そして杉浦監督から聞いた事実が今回の鍵となる』
お兄様は偉そうに腕を組んでそっくり返ったけど、すぐ転んだわ。
『全く……この身体ではカッコも付けられん』
「いいから兄貴っ!」
『そうだった、すまん。で、哲也。阿吽の呼吸って知ってるか?』
「ツーカーって事か? そうだよな」
私も早く先輩とそうなれるように頑張らなくちゃ。
『そうでもあるが、阿は梵字12字母の最初の文字でな、吽は最後。密教では始まりと終わりを表したりもする。「ア」の形「阿形アギョウ」は開き、「ウン」の形「吽形ウンギョウ」は閉じるの意味も有る。杉浦監督からの受け売りだがな』
「それが俺と何の関係が有るって言うんだ?」
先輩も私もサッパリわけが解らなくてお兄様をただポカンと見詰めるだけだった。