喩えその時が来たとしても
 
『ああ、つまりだな……阿仁王が開けたお前の運袋、吽仁王が閉じ忘れたみたいなんだ! ハッハッハッ』

「なぁんだ。そんなことかよ、ハハハッ……って……解んねえよ! 兄貴っ!」

 俺はもう、泣きたい気持ちで一杯だった。

『ああ悪い悪い。つまりはだな。阿吽の門番には本尊を護る役目も勿論有るが、お詣りに訪れた者達の運袋を開閉する役割も同時に担っているんだ。入門の時に阿仁王が運袋を開け、そして本尊を詣る事で運がもたらされ、退門の際に吽仁王が袋を閉じるという訳だ』

「じゃあ……じゃあなんで俺の運袋はダダ漏れ状態のままなんだよ!」

『う~ん……それは多分、お前の運が良過ぎたから、更に運を加えるのを躊躇したせいだろう。だから、お前がこれからする事は、今までお詣りした神社仏閣を回って、運袋を開けた阿仁王と対になっている吽仁王から閉じて貰えばいいんだ。簡単だろ?』

 兄スターは事もなげに言い放つ。一気に捲し立てたものだから喉が渇いたのか、カチャカチャと給水器の水をしこたま飲んで振り返った。

『哲也。水がぬるい』

「あ、ああ。解った」

 俺は言われるままケージを開け、給水器を取り出して台所へ立った。ぼおっとした頭は、何を考えるべきなのかも考えられない状態で、うっすらと霞が掛かかったままだ。

『サンキュー。やっぱり冷たい水は旨いな。……ふう、お前に伝えたかったのはこれだけだ。運袋を閉じればお前も生き長らえられる。俺の肩の荷も降りたよ』

 喉の渇きが癒えた兄スターは、ヒマワリの種を片手に、滑り台へ寄り掛かって悦に入っている。

 だがしかし……考えてもみろ。観光で神社仏閣を訪れたり、初詣に行ったり、修学旅行や家族旅行を入れたら、一体幾つ仁王像を見て来た事か、見当も付かない!

 例えその数が解っていたとしても、それぞれの場所が正確な記憶として残っていなければ意味はないし、残されている筈もない。

「兄貴さぁ、俺に日本中を旅させる気か? 運が尽きなくても寿命が尽きるってんだよ! 場所が解る手立ては無いのかよ」

 兄スターは核心を突かれるとまた落ち着きを無くして動き始めた。

『ああ……そうか。場所な……ううん……杉浦監督にもう一度会うしかないか』

「え? そんな簡単に会えるのか?」

『ああ簡単だ。俺がもう一度死ねばいい』

 俺は呆気に取られて言葉を失った。


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