喩えその時が来たとしても
 
 来世に詳しい指導係の彼と会いさえすれば、解決の糸口を探ることが出来ると思ったんだろう、お兄様はもう一度死んで来世に行き、監督に会うと言う。

 でも先輩は黙っている。口をつぐんだままワナワナと肩を揺らし、立ち尽くしている。そしてお兄様を見据えると一喝した。

「バッカ野郎! 幾ら兄貴だってな、言っていい事と悪い事が有る。折角拾った命を無駄にするなんて、どうかしてる!」

 先輩が烈火のごとき怒りをぶつけてもお兄様は少しも動ぜず、さらりと言ってのけた。

『俺は一度死んだ身だ。それに、俺のハムスターとしての寿命はもう長くない。どっちにしろ無くなる物なら、遅いも早いも大して変わりはねえよ』

「で、でも……」

『それより、一刻も早く運袋を閉じる方法を講じなければ、お前の方が手遅れになり兼ねん。自殺という形を取らない限り、俺は通常通り来世に行ける筈だ。だから哲也、一思いにヤってくれないか?』

 事の成り行きに依っては自身の最期になるかも知れない内容なのに、カラカラと陽気に回し車を動かしているお兄様。

 誰だって死ぬのは恐い筈なのに、お兄様は弟の為に喜んで命を差し出そうとしている。そんな壮絶な覚悟に触れ、私は膝がガクガクと震え出すのを止める事が出来なかった。

『う~ん……そうだな、俺を思い切り壁に叩き付けてくれよ。そうすれば一瞬であの世に行ける』

 あくまでも他人事のように軽い調子を崩さないお兄様。それに反して先輩は膝から崩れ落ちるようにヘナヘナと座り込んでしまった。

「兄貴……兄貴が俺を思ってくれるのは有り難い。凄く有り難い事なんだけど、自分を粗末にするのも大概に……」

『今度は大型犬にしてくれ。そうすればもう少し長く生きられる』

 そう言っているお兄様の身体がごく僅かに震えているのを私は見逃さなかった。幾らハムスターに転生してきたとはいえ、幾ら来世での経験が有るとはいえ、お兄様も死ぬのは恐いんだ。この次も必ず生まれ変われる保証なんて無い。怖くて当然、恐ろしくて当たり前なんだ。

「そこらの害虫を始末するのとは訳が違うんだぞ? 俺の手で兄貴を殺すだなんて……そんな事、出来る訳ないじゃないかぁっ!」

 先輩は泣いていた。私も涙が止まらない。ハムスターのお兄様も泣いているように見えた。ペットショップで買ってきたキャンベルちゃん(仮称)だけが、パタパタと無邪気に走り回っていた。

< 125 / 194 >

この作品をシェア

pagetop