喩えその時が来たとしても
 
 そして次の日。

 私はまた先輩の家に居た。

 友達が抱える恋愛問題の相談に乗っていると嘘を言い、一先ず家への体裁を整えてはきたけど、少し胸の辺りがチリチリと痛んだ。

「なんだめぐみ。今日も友達の相談か? お前自身、浮いた話のひとつも無い癖に、それでも務まるのか?」

 朝家を出る間際「今晩も食事は要らない」と母に告げた時、久し振りに出張から帰ってきてた父が寂しそうに言ってたのが、まだ耳に残ってる。「務まらないのだから家に居ろ」とまでは言えない父の優しさが身に染みる。

 その時にチラッと見えた背中の映像がまだ瞼に残ってる。子供の頃には雄々しく、逞しく見えたその後ろ姿が随分と小さくなってしまったことに、認めたくはない父の『老い』を感じてしまった。

 ホントは娘の私と話したかったに違いない。下らないお笑い番組を見ながら、親子だからこその同じ笑いのツボを共有したかったに違いない。

 父が楽しみにしていた、そんなささやかな家族団欒を奪ってしまった私は、ナンテ親不孝な娘なんだろう! 今父は悲しみに暮れているに違いない。あんな薄情な娘はいっそ生まれてこなければ良かったのだと悔やんでいるに違いない。

 そうしてまた妄想の海へ漕ぎ出していた私は、先輩のセクシーボイスで現実に引き戻された。

「……めぐ? どうした?」

「い、いえ。なんでもないんです」

「ちっとも進んでないじゃないか、焦げ焦げになっちゃうぞ?」

 先輩の優しい声が鼓膜を揺らし、頭蓋骨から伝わってきた低音と蝸牛管でミックスされて、私の全身にくまなく広がってく。そして私の脆弱な罪悪感は見事、木っ端微塵に吹き飛ばされた。

「すいません、頂きます」

 今日は先輩の部屋で焼き肉だ。ホットプレートの上では野菜から立ち上る湯気がユラユラと揺らめいている。

「なんだかんだ言ってた癖に、結局兄貴が喰ったのはほんのひと欠片だったから、めぐには頑張って貰わないと!」

 お兄様のたってのリクエストで焼き肉と相成ったわけなのに、『やっぱり味覚が変わってて喰えん』とアッサリ切り捨てられてしまった。一応2.5人前用意していた肉だけど、先輩だって昼に焼き肉定食を食べたとかで箸がちっとも進まない。

「先輩だって食べてないじゃないですか。私は女の子なんだからぁ、こんなには入らないですぅ」

 私が折角可愛子ぶって先輩を見詰めたのに、お兄様が水を差す。


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