喩えその時が来たとしても
私達の必死の呼び掛けにも関わらず、とうとうその日、お兄様は姿を現さなかった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう……昨日は……済まなかったな」
先輩は見るも無惨な寝癖のまんま出勤してきた。目も真っ赤に充血している。いつも自分が剰りにも普通過ぎることにコンプレックスを持っている、と言っていた先輩だけど、今日ばかりは見た目の特異性が半端じゃない。目立つことこの上ない!
「先輩の方こそ大丈夫ですか? 目が真っ赤ッカですよ?」
「ああ、あれから殆んど寝ないで兄貴を探してたから……」
私が帰宅してからもお兄様を探してたんだ。危険と隣り合わせの現場仕事にとって寝不足は大敵。今日は私が側で支えなきゃ!
「危険な場所には私が行きますから、先輩は安全な場所をお願いします」
「おっ? 朝からお熱いね、お二人さん」
鈴木のお父さんが囃し立てるけど、そんなことに構ってはいられない。先輩にもしものことが有ったら、私だって普通じゃ居られないもの。
「今日はどうした岡崎さん、遅刻スレスレでもあるまいし」
「岡崎くん、寝癖全開なんですけどぉ」
「岡崎選手、鏡見てみろ。ボサボサだぞ」
いつも隙のない先輩のダラシナイ姿は格好の突っ込み所。職人のみんなからも遠慮ない愛のムチが浴びせられている。
「いやぁ……いつもの時間に間に合わせようと慌てていて、鏡を見るのを忘れちゃって……はは……」
そう言って頭を掻きながらおどけている先輩だけど、みんなを心配させないように無理して道化を演じているのが、私には手に取るように解る。先輩は私の半身、私は先輩の半身、二人で一人なのだ、と、改めてそう思った。
そして昼になった。先輩は朝からずっとピリピリそわそわしていて落ち着かなかった。
「先輩、お昼休みを使って探しに行きましょうか? 私も頑張りますから……」
「ああ、有り難う。でもハムスターは夜行性だ。兄スターも何処かの物陰で寝ていると思う。それに行って帰って、最短でも40分は掛かる。探している時間は殆んど無いよ」
さすがの分析力と素早い判断だ。やっぱり先輩には敵わない。
「夜になるまで手の打ちようが無いなんて……もどかしいです」
「有り難うめぐ。めぐが居てくれて心強いよ。俺もなるべく考えないようにする」
言葉通り、午後からの先輩は打って変わって普段の調子を取り戻していた。