喩えその時が来たとしても
「結局見付からなかったって……そんな……」
兄スターが居なくなってからハヤ半月。俺は馬場めぐみに最終的な報告をした。
「猫にでも喰われたんだろうな。自殺は輪廻転生のループから外れてしまうからしていない筈だし」
「生きながら食べられちゃったって言うの? お兄様が可哀想過ぎる」
彼女の端正な顔が一気に曇った。そのクリクリと良く動く瞳からは、今にも大粒の涙が降り出しそうになっている。俺は慌ててフォローを入れた。
「いやいや、猫ならちゃんと急所を心得てる筈だ。その辺をウロチョロしていただろう兄スターは、鋭い爪で一瞬の内に狩られて、あれよあれよという間に急所を噛み砕かれ、何も解らないまま苦しまずに逝ったろうよ」
「それでも可哀想」と、結局泣き出してしまった彼女を胸に抱いて、俺は兄貴の転生を祈った。自己の為というより、これで彼が再び生き返る事が出来なかったら、兄雅也は只の『死に損』でしかなくなってしまうからだ。
「大丈夫。きっと今度は兄貴が望んでいた大型犬を買ってやるさ」
頭を優しくポンポンしながら馬場めぐみに言い聞かす。だがこれは、自分への確認も兼ねていた。あの地獄のような工期の現場を漸く乗り切って、俺達は期日内の竣工を迎える事が出来た。その立役者として高橋所長のポケットマネーから30万の褒賞金を貰った俺(金額は皆に内緒だ)には、今度こそ犬を、それも憧れだった大型犬を買うだけの資金が有る。
あの時の様にまた、自然とペットショップに足が向く事が有れば、迷わず好きな大型犬を購入すればいい。そうすれば買った犬に兄貴が乗り移って『ゴールデン兄リバー』や『シベリアン兄貴ー』になる筈だ。
「それでめぐに頼みが有るんだけど……」
「うん?」
やっと落ち着いてきた馬場めぐみが、鼻を真っ赤にしながら俺を仰ぎ見る。頬もいい具合に色付き、濡れた睫毛がキラキラ輝いて、キュートな事この上ない。
付き合ってもう随分と日が経つのに、まだ俺は彼女の顔を正視出来ないでいた。ドギマギして口調もしどろもどろだ。
「ほ……ほら俺の家は、部屋は、借家だから犬猫の類いは飼えないんだ。だ、だからめぐの家で兄貴を飼って貰いたいんだよ」
「なんだぁ。そんなの、お安い御用です。任しといて」
やっと彼女が微笑んだ。やっぱり馬場めぐみには笑顔が一番似合う。彼女を取り巻くオーラが、金色に輝いて見えた。だが……そんな簡単に事は運ばなかったのだ。