喩えその時が来たとしても
 
 あれから、待てど暮らせど兄貴が再生する予感はやって来なかった。兄貴が逝き、遺された形となったキャンベルちゃん(正式決定)の餌を買うという理由を付けて、自らあのペットショップへ足を運んだりもするのだが、その場に鎮座するペット達から、霊的なものを感じ取る事はない。

 更に、運の尽き始めを実感させられる事件が幾つか有り、俺は命の危険を改めて思い知らされる事となる。

「なぁめぐ……」

「駄目よ。私が側で支えるから、諦めちゃ駄目」

 とは言っても、運袋を閉じる方法はおろか、開けた阿仁王の特定さえままならない俺には、何の対処も出来ないのだ。頼りの兄貴から何の便りもないという事態は、投げ出したい気持ちを芽吹かせるに充分だった。「もう諦めよう」と何度馬場めぐみに持ち掛けた事か解らない。

 そんなあの日に、俺達二人にとって決定的な事件が起こった。

「先輩危ない! きゃっ!」

 今度の現場は同じ沿線上の何個か奥まった駅付近で始動した。所長は高橋さんから大沼さんに代わったが、他のスタッフは事務の鈴木さんに至るまで同じ顔ぶれだった。

 馬場めぐみも電車通勤となり、俺達はいつも示し合わせて同じ電車に乗り、余程の事が無い限り行き帰りを同じくしていた。

 いつものように仕事が終わり、いつものように駅までの道を歩いていたその時、落ちて来た看板から俺を遠避けようとして、馬場めぐみが軽い怪我を負ってしまった。

「大丈夫か、めぐ」

「ええ、少し手首を捻っただけ……」

「でも手当てはちゃんとしないと」

 病院に行く迄では無かったが、手の打ち身と擦り傷は広範囲に渡っていて、白い柔肌を覆う包帯が痛々しい。

「めぐ。俺と付き合ってると今後いつこんな怪我を負ってもおかしくないんだぞ。いや、こんな怪我では済まされないんだ。命の危険だって有るかも知れないんだ。だから……」

「何? どういう事? 私と別れたいって言うの?」

 感の良い彼女は俺の言いたい事が全て解っていた。勿論、やっと付き合う事が出来た憧れの君と本心から別れたいと思う訳が無い。別れないで済むのなら、是非ともその方向でお願いしたいのは山々だ。

 だが、しかし。

 俺と居る事で彼女が傷付いてしまうのは避けたい。しかもそれで済むならまだしも、俺の巻き添えをくって死んでしまうかも知れないのだ。俺が選ぶべき道はひとつ。彼女との別離だった。


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