喩えその時が来たとしても
それから、兄貴であるハムスターのハム太郎が姿を眩まして、一月半は経っただろうある日。
「そういえば、あのペットショップにここの所顔を出してなかったな」
外出は危険を伴うので家に引きこもりがちになっていた俺は、気分転換も兼ねて例のペットショップへと足を運んだ。
人から見たら下手くそな探偵か、強迫観念持ちのメ○ヘラとでも思われただろう。忍者のように壁に沿い、物陰から物陰を伝うようにして歩く俺は、極普通コンプレックスを持っていると言ったら笑われてしまうくらいの奇異な存在だった。
「まあ、収穫は無いんだろうがな……」
自嘲気味に呟いて店に入ると、なんだろう。俺をじっと見詰めて、千切れる程に尻尾を振るゴールデンレトリバーの仔犬と目が合った。
「兄貴か!」
店員に覚られないように囁くと、まるで「そうだ」と言わんばかりに尻尾の回転数を上げるゴールデン(小)。
「でもおかしいな。なんの予感もしなかったのに……。そうだオマエ。兄貴だったら喋ってみろ」
ゴールデンは首を傾げて俺を見詰める。将来の大型化を象徴する太い足がまぁるい身体を危なっかしく支えている。目なんか測ったようにまんまるだ。チ、チキショー。これはこれでクソ愛くるしいじゃねーかっ! でも相変わらず黙ったままだ。……兄貴じゃないのか?
ああ、そうだった。男には聞こえないんだったっけ。生憎二人居る店員も両方男だ。こんな時に馬場めぐみが居てくれたら……いやいや、イカンイカン。彼女を関わらせてはいけないんだ。そうだ、考えてもみろ。俺がここに、このペットショップに危険を犯してまでも来ようとする事自体が予兆なんじゃないか。
俺は迷わずカウンターにデビットカードを出していた。銀行には報償金がまるまると、僅かながらの退職金が入っている。
店員から飼う上での注意点や血統書の説明などを受けたが、全く頭に入って来なかった。早く兄貴から解決方法を授かりたくて、一秒でも早く帰宅したかったからだ。
「有り難うございました」
かなり高級なドッグフードをたんまりと、おしっこシートや毛繕いの為のブラシ、シャンプー・リンス、骨の形をした犬のチューインガム……これでもかとばかりに売り付けられて、堪らず俺は実家に救助を要請した。
「犬買っちゃったから、迎えに来て!」
父の運転で家に帰る道すがら、「なんで大型犬なんか買ったんだ」とか「どうして家の近くで買わなかった」とか「そもそもなんで猫じゃないんだ」と文句の嵐に吹かれながら、兄貴との二度目となる再会に思いを馳せていた。