喩えその時が来たとしても
 
「ほら、おいで!」

「ワン、ワワン!」

 仔犬は可愛い。実に癒される。それにあそこのペットショップはちゃんとした店だったようで、トイレの躾も完璧に仕込まれていた。

 だがしかし、だがしかぁし!

 あれから五日、気付けば普通に仔犬とじゃれたり散歩したり遊んだりの毎日だ。兄貴よ、これはナニか? 本能には抗えないというアレか? だから何のアクションも起こせないのか? それともヤッパリ波長のせいで話が伝わらないのか?

 いやいやいや、それは違うだろう。家にはれっきとした女性である母が居る。それなのにどうして話掛けようとしないんだ。それなのに何故解決方法を教えてくれないんだ!

 気付くと俺は、ゴールデンの顔を両手で挟んで前後に揺さぶっていた。

「クゥゥン」

 切なそうに一声哭いた仔犬は、つぶらな瞳で俺を見詰めている。誰も居ない公園でしゃがみ込みながら、飼い犬の顔を乱暴に振り回している俺。これじゃまるで動物虐待だ。

 すると頭上からササッと音がしたかと思うと、パッカーンと足元の地面に何かが跳ねて転がった。

「おわっ、なんだ?」

 ゴールデンもいきなりの事態に怯えて後ずさり、首輪が顔に填まってしまっている。

「……は、鳩?……」

 土煙のおさまったそこには、生気を失った土鳩が、僅かに口から血を垂らして横たわっていた。

 今の今。哀れ鳩の寿命は尽き、上空で絶命。羽を閉じた姿のままで落下してきたのだろう。後ほんの30cmでも落下点がずれていたら、俺の頭を直撃していたかも知れない。

 綿毛が風に吹かれて揺れている。さっきまで大空を自由に飛び回っていたのだろう鳩はしかし、今は壊れた剥製のように地面に転がっている。

 やがてその骸は猫やカラスに食い荒らされ、腐って土へと帰っていく。その姿は近い未来の自分を暗示しているかのようだ。

「なんて事だ。身辺の、頭上も含めた360度に気を付けなきゃならないって事か!」

 運が良いのか悪いのか、頭上から落下してきた鳩は辛くも俺の身体を直撃する事はなかった。だが、極普通コンプレックスの俺は、普通では有り得ない物達の攻撃からも身を守らなければならないという、とんだVIP待遇に陥ってしまったのだ。しかもそれらの危険から身を守ってくれる、頼もしいボディガードは居る筈もない。

「畜生、役立たずのクソ兄貴!」

 一発尻を蹴り飛ばしてやりたかったが、それこそ虐待になってしまう。俺は漸く踏み留まって、地面を蹴るだけで済ませた。


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