喩えその時が来たとしても
 
 何故だ? 正直……手足があらぬ方向に折れ曲がり、口から血へどを吐いた人間がそこに居る物だと諦めていた。同じ職場で働く者として、これから一体何が出来るだろうか、と考えを巡らせていた。勿論そんな事態に到らなかったのは喜ばしい事だが、素直に喜べない。喜べよう筈もない。人から見たら俺は、どんなにか奇天烈な表情をしているだろうと思う。それを証拠に生形さんが怒ったように言った。

「何だよ。俺が助かったのが不満だとでも言うようなツラしてっぞ?」

「そ……そんな事有るわけないじゃないですか! ただ……ただ俄ニワカには信じられないだけです。あんな高い場所から落ちて、助かる理由が解らないでしょ!」

「じゃあ俺が落ちた場所を見ればいい。これさ」

 生形さんが示した先には大量の設備用プラスチックパイプが積まれていた。

「そりゃあの高さだ、俺も死んだと思ったさ。でもここに落ちたらトランポリンみたいに身体が跳ねて、ちょいと首は捻ったようだが別に他は何ともなかったんだよ」

 プラスチックパイプその物の弾性に加え、パイプ同士がずれて生形さんを包み込むように移動した事で、落下の衝撃を吸収したようだ。その後、念の為生形さんには精密検査を受けて貰ったが、彼の言うように軽いムチウチ程度の症状しか無かったらしい。

「でも、岡崎君の現場はこういうの多いよな」

 その日の夜。緊急職長ミーティングで電気屋の鈴木さんが白髪の前髪を弄りながら言った。

「ほら、前の現場でも荷崩れしたのにあの作業員、かすり傷ひとつ負わなかったじゃないか」

 そう、荷台満載の鉄パイプがなだれ落ちたのに、彼は運良く出来た空間の中にスッポリ収まって事なきを得た。

「その前の現場だって、重機が電信柱を倒したのに誰も怪我しなかった」

 あれは本設の電源を引く為に立てた電柱に、土を掘るショベルカーが当たってしまったんだ。しかし作業員達は図面を見る為に事務所に戻っていて、誰もその場に居なかった。

「ええ。確かそんな事も有りましたね」

「そうだよ。きっと岡崎さんが幸運の招き猫なんだ」

 型枠大工の左藤さんも便乗して身を乗り出す。

「まさかぁ……」

 とは言ってみたものの、確かに俺の現場で大きな労災事故が起こったためしは無い。隣接する工区の別会社が派手な事故で新聞に載ったりした事は有ったが、不思議と俺が居る現場には死傷災害が無いのだ。


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