喩えその時が来たとしても
まったく!
癪に障るにも程が有るわ!
何で私じゃなくてあの女なの? 私がどれだけ哲也に恋い焦がれていたと思ってるの? どれだけ私が涙を流したと思ってるの?
私に危険が及ばないようにしてくれているのは解る。でも、あのオバサンは無いんじゃない? ガリガリで胸なんか無いも同然なのに、妙にそこを強調するようなVネックの服を着てるし、人の彼氏に色目遣ってるんじゃないわよ!
先輩から「色々相談に乗って貰ってる」と紹介された、牧村とかいうオバサン。小金を貯めてるんだか何だか知らないけど、変にお洒落して格好付けて、鼻持ちならないったらありゃしない。あの色気ババア! 好色貧乳!!
「ほんっと、腹が立つ!」
「どうしためぐみちゃん。岡崎君とは連絡付いたんじゃなかったのかい?」
大沼所長から戴いた10日間の休みを消化して、私は現場に復帰していた。今度の現場は工期的にも余裕が有るから結構無駄話をする事も多い。勿論突貫工事を乗り越えた経験と自信が私をスキルアップさせていたから、話の片手間でもこなせる仕事が増えたせいも有るわね。
「ああ鈴木のお父さん、聞いてよ。哲也ったらねぇ……」
私が鈴木電気のお父さんに愚痴ろうと駆け寄ると、パンチの有るいい匂いが鼻腔に充満した。
「ほぉら言わんこっちゃない。だから俺にすれば良かったんだよ、めぐみちゃん」
高橋所長から出入り禁止にされた渕さんだ。この現場は大沼所長に変わったから、自然鳶職のエースである彼も復帰してた。
「そんな事言っても駄目ですよ。渕さんが遊び人だって噂はイヤと言うほど聞いてますから」
「つれないなあ、めぐみちゃん。じゃあ岡崎ちゃんがめぐみちゃんの所に戻ってくるまでさ、俺と付き合おうよ」
「それが遊び人だって言うんですっ」
「おっと危ない」
渕さんを蹴り飛ばすジェスチャーをすると、彼はヒラリと身を躱す。本気で蹴りに行っても、多分私では彼に掠りもしないんだわ。そう考えるとムカついたので、お父さんに会釈してその場を離れた。
「馬場さん。昨日の雨風で基準の墨が消えちゃってるみたいなんだけど……」
そこに声を掛けてきたのは、スチールドアを取り付ける建築金物職人、川瀬さんだ。
「あと……溶接するのにアンカーも無いと……」
私がホウキで掃いて確認すると、うっすらではあるけれど墨の線が浮き出した。溶接用のアンカーも埃に埋まっていただけだった。