喩えその時が来たとしても
「もう、しっかりして下さいよ! ちゃんと確認すれば済むことなんだから」
「……なんか馬場さん、復帰してから恐くなったよね……」
いけない! つい職人さんに当たってしまった。些事に目くじらを立ててもいい結果にはならないと、先輩……いえ哲也からも常々言われていたことなのに。
「いえ、その……そんな事ないです。すいません」
一度口から出た言葉は、そう簡単に取り繕えるものじゃない。私は堪らずその場を逃げ出した。
ああ、なんて嫌な女なんでしょう。私の為に努力してくれている半身を信じることも出来ない、嫉妬深いヒステリー女。恋人のそばに寄り添って支えてあげることも出来ない、無力な役立たず女。その不満をただ周りに撒き散らし、自らを慰めている最悪なワガママ女。こんな私は哲也に見限られても文句なんか言える筈もない。いえ寧ろ愛想を尽かされて当然なんだわ……。
「ほんっと、私って最低!」
「どうした、今度は落ち込んでるのか」
「お父さぁ~ん、もう私駄目ぇ」
また良い所で鈴木のお父さんに出会した。いえ、鈴木さんはいつも私の弱ってる時に限って、優しく声を掛けてくれるの。本当のお父さんより悩みを聞いて貰ってるかも。
「岡崎君とまたうまくいって、元気が出たんじゃなかったのかい?」
「うん。そうなんですけど、まだ前にお話ししたあの『運袋』が閉じてなくって……私、哲也に近付けないままなんです」
お父さんは柔和な微笑みを浮かべて頷いてくれる。そして私の心が開かれたタイミングを見計らってこう言った。
「岡崎君はめぐみちゃんを危ない目に遭わせない為に会わないようにしてるんだろ? それなら岡崎君の事を信じて待ってなきゃ」
お父さんの言う通りだ。あの牧村とかいうオバサンが絡んでなけりゃ、私だってそうしてる(多分)
問題はそこなの。その一点なの。
あのオバサンさえ居なかったら、私もしおらしく哲也を待っている筈。あのオバサンが哲也の気を惹こうとしているのが解るから、居ても立ってもいられないんだと思うの。
「違うんです、お父さん。話すと長くなるから、それはまた後日」
私の相手をしてくれている間も、鈴木のお父さんはスイッチボックスの作り物をする手を休めない。『これは明らかに仕事の邪魔をしている』との結論に達した私は、自分から話を切り上げた。
「そうかい。じゃ、また飯でも喰おう」
お父さんは優しく言うと手を振って微笑んだ。