喩えその時が来たとしても
私の家が有る駅はここから上り方面に向かって六つ目。これから帰宅ラッシュが始まる夕暮れ時刻ドキの郊外の駅、その上りホームには見た限り数えるほどしか人が居ない。
「お母さん、いい匂いがするよ、ホラホラ」
声の方を見ると、黄色い幼稚園バッグを肩から下げ、空色のスモックを着た女の子が目を閉じながら鼻をヒクつかせている。
私もそれとは気付かれないように匂いを嗅いでみた。芳ばしくて甘じょっぱい、空腹にキュンキュン迫ってくるこの香りは、焼き鳥だろうか。どうやら駅前に店を出していた屋台から立ち上った煙が、風向きの関係でこちらに吹き込んでいるようだ。
「ほんとね、アオイちゃん。でもまた今度ね」
「約束だよぉ、ハツとレバーと砂肝ねぇ」
「はぁいはい」
子供らしからぬオッサン臭いセレクトに吹き出しそうになりながら、ゴォッという風と共にホームへ入ってきた、六両編成の電車が停車するのを待つ。
「なんだか私も焼き鳥食べたくなっちゃったな……」
さっきの親子は隣の車両に乗り込んだし、この車両には私しか居ないから、少しも遠慮せずに独り言を洩らした。
程なくして自宅最寄りの駅に到着する。駅前で焼き鳥の屋台を探したけど見付からない。
「でも、どうしても食べたいなぁ」
私はその欲求に抗えず、フラフラと居酒屋の階段を登っていた。
「シャーセー!(いらっしゃいませ)お一人様ご案内!」
女一人では恥ずかしかったけど早目の時間だから空いてるし、焼き鳥さえ食べられればいいんだし、食べたらさっさと帰ればいいのよね。
「焼き鳥の盛り合わせと、生グレープフルーツ酎ハイお願いします」
「よろこんで~」
大して待たずにドリンクが運ばれてきた。混んでて賑やかな居酒屋の雰囲気も好きだけど、空いてたらそれはそれなりにこういう利便性が有るからいい。
グイグイと力一杯絞ったグレープフルーツをグラスに注いだ。
「種入っちゃった」
でもいいわ、虫が入ったわけじゃないし。
それをゴキュゴキュと喉を鳴らして空きっ腹に流し込む。胃壁からアルコールが直接身体に染み出す感じが心地好い。
「焼き鳥の盛り合わせ、お待たせしやしたー」
そうそうコレよ。凄く美味しそう! でも、肝心要の七味が無いわっ!
「ちょ、すいませ~ん」
私が店員さんに向かって手を振った時。
「めぐみちゃん?」
男性からいきなりそう声を掛けられてビックリした私は、思い切り怪訝そうな顔を声の主に向けた。