喩えその時が来たとしても
「お待たせ。今更だけど隣、いいかな」
何脚か有るカウンター席のひとつに寂しく座っていた私の横へ、腰掛ける前に確認を入れる彼。若造には無い気遣いよね。
「勿論です。女が一人じゃ格好悪いですから」
私も虚勢を張って、少し大人の女性ぶって答えてみせた。不思議と震えも止まっている。
「いやあ、美人は一人でも絵になるよ。実際輝いていたもんな。だから気付けたんだし」
倉科さんはそれを皮切りに私を散々褒めそやした。いえ、寧ろ私は褒め殺しに近い賛辞の嵐を浴びせられた。
「出会う順番が違ったら、俺は間違いなくめぐみちゃんに求婚してたよ」
最後にそんなことを言われて、私は倉科さんとの甘い暮らしを思い浮かべてしまった。哲也とのそれは想像したことも無かったのに。
「そんなこと言ってぇ。上手なんだからぁ」
二度目の酒席だということもあって、目上のおじさま相手だというのにだいぶ砕けた口調になってしまっていた。心のガードもそれに連れ、弛みが生じているのが自分でも解る。
「彼氏、哲也っていうんですけどね。私とは逢ってくれない癖に、旅行会社のオバサン役員とはしょっちゅうお茶してるんですよぉ」
「そりゃ許せないな。こんなに素敵な彼女が居ながら……」
「れしょう? あら自分れ言っちゃった、あはは。れもホント、腹が立つんだあらぁ」
自分の呂律が怪しくなって気付けば、もう四杯目の酎ハイが空になってた。空いてた筈の店内も今は大盛況。焼き鳥だけのつもりが、枝豆から海鮮まで、5・6皿は平らげたんじゃないかしら。ふと私は財布の中身が気になった。
「すいません倉科ひゃん。持ち合わせがあまり無いので、わらひ(私)はそろそろ……」
その台詞に被せて倉科さんが打ち消しにくる。
「めぐみちゃん。おじさんに恥を掻かす気かい? レディに払わせるわけないだろう、遠慮しないでどんどん頼みなよ」
「ええ~? いいんれすかぁ?」
ああもう、何だかどうでも良くなってきた。ブラウスのボタンも第三ボタンまで開いているけど、大したことじゃないわ。
身体全体が心地好く痺れている。倉科さんはニコニコしながら私の話を聞いてくれている。でもたまに、胸の隙間に視線を感じる。
「倉科ひゃ~ん、ワラヒもう、ホントに帰らなきゃ」
最後の自制心からそう言ってはみたものの、私はすっかり倉科さんにしなだれ掛かっていた。
「解った解った。そしたらここはもう出よう」
私達は会計を済ませ、夜の駅前に繰り出した。