喩えその時が来たとしても
 
「私が仕事にも慣れて、上手いように自分の時間を作れるようになった頃。イタリア旅行の添乗をする事になって……」

 初日に泊まるホテルのチェックインが済み、ツアー客が町へ出て自由時間を楽しんでいる間、オプショナルツアーの手配も全て終えてしまった彼女は暇をもて余していた。

「私もその辺をブラブラしてこようかな」

 そう言って町へ繰り出した彼女。もう何回も来ている筈のそこは、勝手知ったる町並み……ではなかった。

 ブランドショップの様な華やかさやモニュメント等の歴史的価値には欠けていて、ツアー向けとは言えないがしかし、町のそこココに多種多様の素敵な景色が転がっていたのだ。

 道を挟み、建物同士の間を繋ぐ様に干された洗濯物がはためく様。出窓を開け放してプランターの花にひなたぼっこさせている風景。子供達がキャッキャとはしゃいで追っかけっこをしている石畳の路地裏。

 今までは不慣れな故、仕事に追われてそれらにじっくりと触れてこられなかった事が、彼女は悔やまれてならなかった。

 しかしそれはもう過去の自分だ。今は自由になった時間をどう使おうか、という幸せな悩みが有るだけだ。彼女は思い付くまま、足の向くまま、そんな何気ない普通の暮らしが醸し出すイタリアの空気を満喫した。

「お金を貰って、更にこんな豊かな気持ちになれるなんて、いい商売だわ」

 思わずそう独りごちてしまう程彼女は、その時間を楽しんでいる。そうこうしている内に宿泊先から大分離れてしまった事に気付いた彼女は、きびすを返して今来た道を急いで戻ろうとした。その時、

「あそこ、なんか怪しい雰囲気ね」

 まるで導かれるようにその薄暗い裏通りへと足を踏み入れたのだという。そこで彼女を待っていたのは地元では知る人ぞ知る『占い横丁』だった。

「こんな寂しい所でやっていけるのかしら……」

 要らぬ心配をしながら看板を見て回ると、水晶占い、タロット占い、占星術、中国から来たという亀甲占いまでもが軒を連ねていた。彼女はまたその中の一店にフラフラと引き寄せられてしまう。

「いらっしゃい。あんた日本人だね」

 入り口を入った途端に開口一番で告げられ、彼女は面食らった。そこに座っているジプシー然とした女占い師は、その流暢な日本語にまるで似つかわしくなかったからだ。

「ああ、私も日本に長く居たから喋れるのさ。ここの占い師で日本語を喋れるのは私だけだから、ラッキーだったね。それで何を占って貰いたいんだい?」

 占い師は商売道具であろう水晶を脇に退け、頬杖を着いて彼女に尋ねた。

< 163 / 194 >

この作品をシェア

pagetop