喩えその時が来たとしても
 
「何でその水晶玉、使わないんですか?」

 しおりさん(彼女がそう呼べって聞かないから……)は商売道具を使おうとしない占い師に聞いた。彼女はさも面倒臭そうに「これはアクセサリーなのさ」と言ってのける。説得力や雰囲気を出す為に置いているだけで、別に水晶玉が答えを出してくれる訳ではないんだそうだ。

「どうしても使ってくれって言うんなら使うけど?」と聞かれたしおりさんは「雰囲気だけならいいです」と断った。

 霊感で占うというその女占い師は本来、彼女と波動の合う客しか占えない。しかしそれだけでは商売としては成り立たないので、波動の合わない客にも占いらしく思い込ませる為に様々な道具を用意しているのだ。しおりさんはそんな女占い師と波動の相性がピッタリだった。

「正直、ここまで見える人が来るのも珍しい位なのさ」

 占い師は今までの不遜な態度から一変、嬉しさを隠し切れないといった様子でしおりさんを眺めまわして言った。

「サック オブ ラックの大きい人だね、ラックの貯まり具合も申し分ない。こりゃ何をやっても上手く行く運命だ」

 占い師はそう言って彼女に微笑み掛けたのだそうだ。

「サック オブ ラック、サック オブ ラック……」

 俺はしおりさんの言葉を唱えるように繰り返した。

「そう、岡崎さんがおっしゃってた運の袋よ」

 加えて占い師が言うにはしおりさんの唯一つ有る難点は結婚運で、「その兆しさえ見えやしない」と言われたのだそうだ。

「この歳まで結婚してないんですもの、当たってますよね」

 どういうリアクションを取っていいものやら考えあぐねていると、「ああ、コメントし辛いことを言っちゃってごめんなさい。でもね、経歴や家族関係、交遊関係や他の細かい事もことごとく当たってたんです」と付け足した。

 なるほど、俺の話に大して驚かなかったのはそういう事だったのだ。俺はしおりさんに言った。

「その占い師に聞けばもっと運袋について解るかも知れないですね、でもイタリアじゃあな……」

 だが俺には兄貴が居るから、何とか日本で解決する事は出来るだろう。しおりさんは少し思案して言った。

「今度また、イタリアツアーの素材探しに行く予定が有るので、その占い師に会って来ます。災いを遠ざける方法が有れば聞いて来ますね」

 それは願ってもない! 対処法は有って有り余る事はない。兄貴を貰い受けた今、俺はやっと枕を高くして眠りに就ける将来を得た気がして、ホッと胸を撫で下ろしていた。


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