喩えその時が来たとしても
 
『五鈷杵ゴコショと五鈷鈴ゴコレイってのはな、密教で使用する法具だ』

 兄貴が言うので俺は早速スマホで検索をしてみた。金色の軽量ダンベルの両端に、五本指の拳のような冠のような物が付いた五鈷杵と、その片側が鐘になっている五鈷鈴がヒットする。

『そうそう、これだ』

 満足気に頷きながら画面を覗き込む茶色。やはり魂が人間なので、時折非常に人間臭い動きを見せる。

『これは魑魅魍魎を退散させる武器でありながら、ダウジングの道具でもある。かの弘法大師は唐から五鈷杵ゴコショを投げ、それが辿り着いた場所を日本の霊的ステイタスが高いポイントとして判断したと言われている』

 身振りを付けて説明しようとして、結果諦めた仔犬をしおりさんが微笑まし気に見守っている。

「兄貴。それなら俺もそれを投げれば、目当ての吽仁王ウンニオウの所在を知る事が出来るんじゃないの? 凄い情報だよ、ちっとも死に損なんかじゃない」

『やっぱり……死に損だと思ってやがったな』

 しまった。つい口を突いて出てしまった。

『それにな、馬鹿を言うのも大概にしとけ。お前はいつ密教の修行をしたんだ? 弘法大師程度の神通力なら持ってるとでも言うのか? お前が投げたところで、10m程先に落ちて壊れるのがオチだ。五鈷杵ゴコショを使うにも、使用者の能力に見合った使い方しか出来ないに決まってるだろう! この阿呆たれ!』

「あ……阿呆たれって……」

 剰りのストレートな侮蔑に、口が塞がらなくなった俺。でも考えてみればそうかも知れない。ヌンチャクを触った人は解る筈だ。あれはブルース·リーが使うからあんな凄い武器になるのであって、素人が持てば、使い勝手の悪い、只の危なっかしい棒に過ぎない。

『だがな、そんな阿呆たれのお前に朗報だ。この二つは強力な法具だ。素人の力でも最大限以上に引き出してくれる』

 五鈷杵ゴコショを右手に、五鈷鈴ゴコレイを左手に握るよう俺に言うと、兄貴は説明を始めた。

『右手の法具を吽仁王に向け、左手の法具をヘソの下辺り……いわゆる丹田タンデンだな、そこに構える。五鈷鈴がチリンチリンチリンと三回鳴れば、それが目的の吽仁王だ』

 なんだ、そんな簡単に結果が解るのか。これは案外楽勝かも知れない。

 そんな心の余裕からか、チラチラとしおりさんを盗み見してしまっている俺が居る。厄介な事は早く片付けて、しおりさんともっと有意義な関係になりたいなんて、不埒な考えが頭の中を支配していた。


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