喩えその時が来たとしても
電話を切ってしおりさんに謝った俺は、このあと訪れるであろう嵐のような時間をどうやり過ごすか、考えを巡らせなければならない。そう、馬場めぐみは俺が女にうつつを抜かしているとの確証を(何故だか)持って乗り込んで来るのだから。
「会えなくて泣いちゃうなんて、可愛い彼女でらっしゃるのね」
しおりさんのその反応から俺への感情を推し測ってみるが、ごく普通の年上の女性が取るリアクションと言う他ないだろう。馬場めぐみへの嫉妬の色は、微塵も匂ってこない。善意は感じるが、俺への好意らしき物は汲み取れなかった。ここは望みの薄いしおりさんよりも、確実に俺へ向けた恋愛感情をいだいている馬場めぐみとの関係を堅固にする事が先決だ、との小狡い結論を得て、俺はしおりさんに返した。
「ええ、お陰様で。俺もこんな不運がなければ毎日でも会っていたいのですが……」
「あらあら、情熱的ですのね。若いって羨ましいですわ」
その刹那。しおりさんの僅かな仕草を俺は見逃さなかった。上品な所作の中に一瞬、ほんのコンマ何秒の事である。冷たい表情で、プイッと顔を背けたのだ。
「!」
俺は慌てて目を凝らしたが、そこに居るしおりさんはいつもの優しい微笑みを湛えた彼女のままだった。
しかしこれは、俺へのジェラシーなのではなかろうか。年上の女性らしく受け流した俺の恋人の存在を、更に俺が情熱的に語った事に依り、彼女自身が押し殺していたスイッチが入ってしまったのではなかろうか!
いやいや待てよ哲也。アブハチ捕らず、二兎を追う者は一兎をも得ずだ。捕らぬタヌキの皮算用で失敗するのは嫌という程経験してきた筈だ。
そうやって要らぬ考えを巡らせている内に、馬場めぐみからメールが入った。よほど急いでいたのだろう。文面が滅茶苦茶だ。
『アニマルプラネトてどこけ?どっち口?液からといの?』
ここは駅からはすぐ近くだ。降り口も実家へ行くのと変わりない。
その旨を伝えると「わかた」との返事。やはり慌てている。早く俺と会いたいというよりも、すぐに俺を責め立てたいという感じか!
程なくして馬場めぐみはやって来た。暗い店内から見ていると色の白い彼女は眩い程に輝いている。上気した頬はピンク色に紅潮していて、まるでアレの時のようにセクシーだった。
「めぐ、コッチコッチ」
「哲也ぁぁ」
俺が手招きすると、今にも泣き崩れんがばかりにヨロヨロよたよたと近付いてきた彼女だったが、しおりさんを見ると雷に射たれでもしたかのように凍り付いた。