喩えその時が来たとしても
 
 そしてその日、朝の全体朝礼で正式に二人から挨拶が有った。

「今日からお世話になります、猿渡亮サワタリリョウです。これまでは新築部門で大沼所長のサポートをさせて貰っていましたが、リフォーム部に出向となりました。

 弊社の戦略として、リフォーム事業に力を入れる事になりましたので、私のスーパースキルが必要だったんだと思います」

 ムム。自信過剰男なのかしら。整列している職人さん達もリアクションに困ってるわっ!

「やだなぁ、今の、笑う所ですよ?」

 猿渡さんがそう言うと、会場は『やや受け』なムードに包まれたけど、彼を拒絶する空気ではなくなったみたい。だけど、自分に自信が無かったら言える冗談じゃないと、私は思ったの。

「それでこのあと紹介する、藤原君の研修の場として大沼所長にご協力頂きました。皆さんのお仕事のお邪魔にならないように致しますので、ご協力の程、お願い申し上げます。では藤原君、どうぞ」

 あの人が大沼所長の右腕なのねっ! 細くって色白で、フレームレスの眼鏡がまた、凄く聡明そうな雰囲気を醸し出してる。そしてこの人が噂の新人さんだ。モジャモジャと髭が生えてて熊さんみたい。ベッコウフレームの四角い眼鏡はお洒落だけど……。

「只今ご紹介に預かりましたフジハラです。フジワラとよく呼ばれますが、フジハラなので宜しくお願いします」

 猿渡さんはフジワラって言ってたけど……ああっ、視線がっ……猿渡さんの視線がメラメラ燃え上がってるわっ! 今にも掴み掛かりそうな勢い。フジハラさんもちゃんと事前にお願いしておけばいいのに。公衆の面前で恥をかかされたらそりゃ、猿渡さんの立場がないわっ……でもフジハラさんは全然気にしてないみたい……何か、ドロドロと不穏な空気が漂ってるんですけどっ!

「自分は大学院では哲学を専攻していました。構造主義・構造論についてだったんですが、実際の構造物についても興味が湧きまして、今回のお話に乗らせて頂いた次第です」

 て、哲学者様だわ。考えることを考える、知のスーパースペシャリスト! ああ、ただでさえインテリジェンスの薫りには弱いのに、もうその肩書きだけでクラクラきちゃいそう。

「なにぶん不慣れなものでご迷惑かとは思いますが、何卒宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げるフジハラさん。クラクラきちゃったのは多分、彼のあくまでもソフトな声の所為もあるけど、哲学科の院生だったというハイエストインテリジェンスにヤラレたに違いないわ!


< 178 / 194 >

この作品をシェア

pagetop