喩えその時が来たとしても
真剣に図面を眺めているその横顔がチラチラと視界に入ってくる。長くて密度の濃い睫毛がこの距離からでもはっきり解る。すらりと尖った顎からぷっくりとした唇を通り、小振りな鼻をなぞって髪の毛の生え際迄に到るシルエットは、まるで研ぎ澄まされた美術品のように完璧なラインを描いている。多分彼女なら、馬場めぐみなら、映画のスクリーンで大写しになったとしても、細部に渡るまで何の欠点も見付ける事は出来ないだろう。
「これで良しっと。先輩の図面もお預かりします」
急に顔を上げた彼女と目が合わないように、俺は慌てて視線を逸らす。
「あっ、ああ頼む……。しかしハツリ屋さんの仕事がだいぶ出たな」
何か話していなければまた彼女の瞳を見詰めてしまう。俺は当たり障りのない話題を口にする他になかった。ハツリ屋はコンクリートの要らない部分を機械で壊して除去する仕事で、ハツリ屋が取り除いた部分を左官屋がモルタルを塗って補修するのが工事の流れだ。
「ハツリ屋さんと左官屋さんの人工ニンクは、型枠大工さんから差っ引きなんですよね。なんだか可哀想」
型枠がしっかり施工されていればコンクリートもきれいに仕上がり、補修をする必要もないので施工料の満額が型枠大工に支払われる。だが、施工が雑だとコンクリートの仕上がり具合が悪くなって補修箇所が増える。本来は無い筈の補修費用を余計に掛けなければならなくなるので、その分は型枠大工の支払いから減額されるのだ。
「いや、設計変更の分と抱き合わせで呼ぼう、そうすれば型枠大工さんの負担は無いし、彼らのモチベーションも保てる」
「さすが岡崎先輩。削減ばかりが現場の為ではないという事ですね」
「ああ。反感を買って迄職人を締め付けた挙げ句工期が間に合わなくなったら、それこそ多大な損害保証金を支払わなければならないからな」
メモを取りながら「なるほど」と頷く馬場めぐみを盗み見ようとした時だった。
「やっぱしここにおったか。岡崎さん、大変や! 土工さんが鉄板の下敷きになってもうてん」
衛生設備の職人、楠木さんが走ってくるなり叫んだ。
「え……ええっ?!」
なんという事だろう、搬入路の土壌を保護する鋼板の敷き直しをやっていた作業員が、その鋼板に押し潰されたのだ。ここの現場は土壌が弱いので、敷き鋼板は全て25mmを使っていてその重量は一枚あたり2t近い。
「誰か様子を見ていた人は要るんですか!」
俺は楠木さんに掴み掛からんばかりだった。