喩えその時が来たとしても
「とうだいってあの……東海大学とか東洋大学ってオチじゃあないですよね」
「ははは。面白いこと言うね、馬場先輩は」
私としては決して笑って貰おうとして言ったのではないのだけれど……寧ろ「ベタだ」と突っ込まれる準備を万全にして身構えていたのだけれど……もしかしたら、勉強ばかりしてきた人って、冗談そのものに免疫がないのかも知れないわっ。
ますます私の興味は増すばかりだったけれど、出来る限り平静を装って返答した。
「先輩もやめて下さいネ。フジハラさんは私よりも人生の先輩なんだから」
「ふふふ。解ったよ。じゃあ、仕事の先輩である君に敬意を表して『馬場さん』ではどうかな」
モジャモジャのヒゲから微笑みを湛えた唇が覗く。二重クッキリの目も優しく弧を描いていた。
「解りました。それでお願いします」
私は普通にそう返したものの、胸の中に渦巻いている衝動の正体が掴めず、ジリジリと全身が焦がされる感覚に、居ても立ってもいられなくなっていた。
これは一体何なのかしら……。いえ、本当は解っているの。これが私の不埒な願望だって事を。ソフトヴォイスで男と女の存在の在り方を哲学的に説かれながら、ハードプレイに興じる不届き。理知的で理性的な言葉に包まれながら、それとは真逆な本能同士の交歓をする背徳。心から哲也に愛され、私も心では彼を愛し、求めながらも、他の男に蹂躙されるという不義不貞。開けてはいけない扉に手を掛け、力を込めた時に感じる、あの解放感のような達成感のような……「もうどうにでもなれ」という自暴自棄の中に有る快感をこそ求めているのだと思う。
哲也とする愛の交歓は、それはそれで安寧と幸福に充たされた素敵な時間なの。最後にそれを味わったのは随分前のような気がするけど、私に取っては掛け替えのない時間だった。
ああ、嗚呼。でも、だけど……。
フジハラさんとの行為は、その時間を遥かに凌駕する悦楽を私へ与えるに違いないんだわ。インテリジェンスに弱い私に、ハイパー・スペシャル・インテリジェンスが注がれるのだから。素敵な声音に弱い私に、ウルトラ・ジェントリー・ソフトヴォイスが囁かれるのだから!
「馬場さん。もし良かったら、今晩仕事の相談に乗って頂けないかな」
散々妄想で掻き乱されてた私の心に、その言葉が駆け抜けた。
「えっ?」
突然のお誘いに、私は正常な判断力を失ってしまったの。