喩えその時が来たとしても
色々な想いを廻らせながら、汗をかきかきフジハラさんに付いていく。何故なら、必死にならなきゃ置いて行かれてしまいそうだったから。彼は背こそそんなに高くはないけれど、なんと言っても足が長い。
そのストライドが生み出す歩行スピードは、私が小走りになってようやっと肩を並べられる位だった。
改札をくぐるとフジハラさんは郊外へと向かう下りホームの階段を降りていく。
隠れ家風のお店なのかしら……。
ずんずん先を行くフジハラさんに質問することもせず、私は彼の後を付いて行った。だって全然彼には隙が無い。何かこちらからの接触を全て跳ね返してしまうようなオーラが、バリアーのように彼の周りを覆っているんだもの。
「あれ? もう降りるんですか?」
でもさすがに隣の駅で降りられたら、私は思わずそう聞いてしまった。だってここは駅前商店街のシャッターがほとんど降りてる、しゃれた店なんか有りそうもない寂れた駅だったから……。
「ああ、ここに駐車場を借りてるんだ。あの現場にはしばらく通わないといけないから、月極をね」
なるほど、確かにこっちの駅なら相場もかなり安いはず。電車賃を払ってもお釣りが来そうだわ。
私がそんな庶民的な計算をしている間もなく、促された車には暴れ牛のエンブレム。熟れたオレンジのようなボディカラーは、夜目にも鮮やかに映った。
「これって、ランボルギーニ……です……よ、ね」
私だってだてにプジョーの自転車に乗ってるわけじゃない、結構車には詳しい方だ。でも車種までは解らない。
「良く解ったね。アヴェンタドール、新しいランボルジーニさ」「ランボルジーニ?」「ああ、英語発音だとそうなるんだけどね」
滅茶苦茶鼻持ちならない金持ち台詞だけど何故だろう、不思議なことにフジハラさんの口から出てくるとすごく自然で嫌味に感じない。目の前に有る、車と言うには剰りにもノッペリと薄っぺらい物体が持つ、とてつもないラグジュアリー感がきっと私の感覚を麻痺させてしまったに違いないわっ!
「こんな高そうな車を間近で見るのは初めてです。フジハラさんってすっごいお金持ちなんですね」
ああ、また庶民的過ぎる質問をかましてしまってる。貧乏人が玉の輿を狙ってる感が半端ないんですけどっ!……いえそんなことは無いわっ! フジハラさんがお金持ちだってことは降って涌いたような事実なんだし、私が狙ってるのはフジハラさんの揺るぎない女たらしのテクニックなのだから。その技術が私の身体に施される瞬間をこそ、望んでるのだから。
「凄くはないさ。ムルシエラゴがこれにモデルチェンジしてから、何年も買い替えられなかったし、家には自家用ジェットもヘリも無いから」
何を言ってるんだこのヒゲはっ! そんなの持てるなんて、ヒエラルキーの頂点の、更にとんがった所に居る人だわ!