喩えその時が来たとしても
そう。私は身体の中心を駆け上がっていく衝動に歯止めが効かなくなっていたの。
フジハラさんは自分のことを『庶民』だと言ってたけど、支払いの時にチラリと見えたあのカード、あれは間違いなくブラックカードだったわ。私はフジハラさんから札束でしばかれながら、後ろ手に縛られた自由の効かない身体で身悶えしつつ、穴という穴からふしだらな雫をしたたらせる自分を想像して、身も心もトロトロに溶けそうだった。
「わ、私なんかでお役に立てたなら嬉しいです。また誘って下さい」
ようやっとで絞り出した返答はイヤだ! 次も期待してるって含みが満載じゃないのっ! 意地汚いったらありゃしない、これじゃあ庶民以下の賤民だわっ!
でもフジハラさんはそんな私にこう言った。
「勿論また誘わせて貰うけど、馬場さんはもう帰っちゃうつもりなのかい?」
あらイヤだ。これじゃまるで食い逃げだわっ! 賤民どころか、それ以下の泥棒じゃないのっ!
「いえ、すいません。まだ時間は大丈夫です」
そうよ、食欲を満たした後は次の欲だって相場は決まってる。フジハラさんだってそれが目的に違いないんだから。もう泥棒にまで堕ちたんだもの、堕ちるならトコトン、本能丸出しのケダモノまで堕ちたとしても大差ないわっ!
私は必死で踏み堪えてきた心のブレーキペダルから、ゆるゆると足を下ろしていた。
するとそれに呼応するかのごとく、アヴェンタドールはバイクのような咆哮を上げ、首都高の入り口を駆け上がっていく。まるでその様子はスクランブルが掛かった戦闘機の緊急出動さながらの勢い。私達はそのままネオンがキラキラきらめく夜空へ、スルスルと吸い込まれていくようだった。
「私ったら、フジハラさんに誘拐されちゃうのかしら?」
出来るだけ元気良く、ふざけた調子でそう言ったのに、フジハラさんは何も返してくれない。車内には身体の芯を揺さぶる、BGMの重低音だけが響いている。
嗚呼、フジハラさんは狩猟モードにシフトしたんだわ。でもそうよ。私だって狩られる気200%で今日ここに来てるんだもの、それでなくっちゃ興醒めだわっ!
ズンズンと子宮を痺れさせるBGMに混じって「めぐ、逢いたいよ」と哲也の声が聞こえたような気がしたけど、私は敢えてその声に耳を塞いだ。完璧な確信犯だった。いえ、この使い方は本来の意味ではないわ。故意犯と言うべきね。