喩えその時が来たとしても
「馬場さん……馬場さんっ!」
「えっ、ええっっ?!」
フジハラさんに揺り起こされて気が付いた。なんとも間抜けなことに、私は寝ほうけてしまってた。
「この駅で良かったよね、確か住所からするとここが最寄りだもんな」
フジハラさんは得意の記憶力で、名簿に記載された住所を覚えてたみたい。眠ってしまった私を送って、ワザワザこんな田舎にまで来てくれたの。
窓の外に目をやると、この小さい郊外の駅ロータリーには似つかわしくないアヴェンタドールを、さりげなく覗いて通り過ぎる人達が見える。焼肉をご馳走になってからこっち、私はいつの間にか夢の中に居て、存分に妄想力を発揮してたみたい。今まで見ていたあの淫らな夢を思い出して、一人赤面してしまった。
「こんな小さい身体で毎日男に混じって仕事してるんだから、そりゃ疲れるよね。無理言って悪かったよ」
いえ、そんなことはないの。ただ、久し振りのお酒にのまれちゃっただけなのっ!
私の心の叫びはまったくフジハラさんには伝わらない。すると彼の携帯が、こ気味いいファンクナンバーを奏でた。
「あ、ごめん、彼女だ。……はいもしもしアーちゃん? そう、今送り届けたところだから……まさか! 俺が貴女以外に目を向けるわけないだろ? 高速飛ばして帰るから、イイ子で待ってて」
なんということでしょう!
フジハラさんにはれっきとした彼女が居て、しかもラブラブ状態。私に少しでも気があるなら、そんな素振りは見せないでしょう。車の外で電話して、話の内容は教えてくれないに決まってる。
「彼女、妬いてるみたいだ。もう一軒落ち着いた店でゆっくり話を聞きたかったんだけど、そうしなくて正解だったよ。寝てくれて助かった」
ああ、駄目押しだわ。私への興味は、純然たる仕事上のものでしかなかったということなのね。スケコマシのマエストロにとって私は、腕慣らしにさえならないどころか、ターゲットの資格すらも無いポンコツだったっていうことだわ。
私は失意に打ちひしがれながらももう一度フジハラさんにお礼を言い、帰途に着く。アヴェンタドールはバイクのように高らかなエンジン音で別れを告げると、私とは反対方向に走り去っていった。
「ごめんなさい哲也。でも結果的には貴方を裏切らずに済んだわ」
馬鹿な私は、届きもしない報告をして、自分を正当化出来たのだと無理矢理に思い込むことにした。