喩えその時が来たとしても
「え? 嘘!」
私は思わずそう漏らしていた。生形ウブカタさんの事故が有った後、緊急職長会議で日頃の危機管理を徹底して行うという現場全体の行動指針が決定し、改めて現場一丸となって邁進するという確認がなされてまだ日が浅い。それに敷き鋼板の下敷きなってしまうなんて絶望的な事故だ。今度ばかりは無事という訳にはいかないだろう。
「警備員さんが瞬間を見てたらしいんやが、鉄板の向こう側で起きた事故やったらしいし……とにかくグズグズしとらんで早よ、早よ来コなっ!」
岡崎先輩を見ると、佇んで拳を握り締めたまま動けないでいる。顔からは血の気が引き、心なしか震えているようだ。
「先輩……」
「あ……ああ。大丈夫だ。こんな事になるなら立ち会っておくべきだったか……」
先輩を気遣って覗き込んだ私を一瞬見返して、でも虚空を見詰めたままいまだに動けないでいる先輩。
「私、行ってきます」
「あっ、俺も行く」
駆け出そうとした私を見て漸く先輩のスイッチが入ったみたい。剰りの事に気が動転していたんだろうと思う。
「救急車は呼びましたか?」
「いや、レスキューか判断出来ひんかったし、まだや」
「鉄板は起こせそうですか?」
「今みんなでやってる筈や」
事故現場まで小走りで急ぐ間に情報収集をする先輩。そこに到着すると鉄板の周りに人だかりが出来ていた。先頭に立って指揮しているのはトビ工の渕フチさんだった。
「こんな小さいシャックルじゃ駄目だ。もっと丈夫なのを探せ!」
「はいっ」
「ユニックを据え直して吊ろう、タワークレーンじゃ届かない」
いつもは格好付けてて、事務の鈴木さんにチョッカイばっか出してる彼だけど、テキパキと仲間を助ける為に頑張る姿は私の胸を打った。
「ああ岡崎ちゃん。もう少しで起こせるから。……でも……この様子じゃあ……」
渕さんが指差したのは鋼板の隙間。砂利との間は数センチも無い。
「声も掛けたが返事は無しだ」
「……それでも、出来る事をやりましょう」
先輩の言葉に頷いた渕さんは、鋼板を吊り上げる段取りを引き続き行う。鋼板に開いている穴へワイヤーを通す為に、下の砂利を掻き出している。私達は固唾を飲んで作業を見詰めるしかなかった。後は運を天に任せるだけの自分が不甲斐なかった。
「よし、フックを下ろしてくれ」
位置を直したユニックのアウトリガーを確認し、オペレーターがブームを伸ばす。
「あと少しだ。頑張れよ」
渕さんの呟きはまるで自分を励ましているかのようだった。