喩えその時が来たとしても
フックがワイヤーに繋がれ、渕さんが巻き上げのジェスチャーをする。ゆっくり、ゆっくりフックが持ち上がり、ワイヤーがピンと張った。
「ゆっくりな。ちょっと親スラー」
ブームの角度を下げるようにオペレーターへ指示する渕さんは、屈み込んで鉄板の下を覗いている。
「うわっ」
「おおっ!」
「なんてこった!」
「あああっ!」
周りで見守っていた職人達から、悲鳴とも怒号とも付かない声が上がる。鋼板が完全に立ち上がったそこには、砂利の窪みに突っ伏している土工さんの姿が有った。
「これは……もしかして……」
先輩は土工さんに駆け寄ると、抱き上げて肩を揺すりながら声を掛けた。声音は優しいけれど、ピンと張り詰めた声だ。
「おい助かったぞ、大丈夫か? しっかりしろ」
すると彼は驚いた様子でパッチリと目を開け、キョロキョロあたふたと周りを見回している。
「敷き鋼板ぬ押す倒されたんだけんども……なして無事なんだべ」
「無事だったのか!」
「良かったな、本当に良かった」
集まった職人達から惜しみ無い拍手が巻き起こった。でも下敷きになった本人は良く状況を飲み込めていないみたい。放心状態でアチコチを見遣っている。今回敷き鋼板のやり代えを行っていたのは、地面と鋼板の間に出来てしまった隙間をならして埋める為だった。彼が鋼板と一緒に倒れ込んだのは、幸運な事にその凹みの部分。倒れたショックで軽い脳震盪を起こしていたみたいだけど、見た感じどこにも怪我は無さそうだった。
「すいません……ワイヤーが切れて、鉄板が倒れてしまったんです」
ユニックのオペレーターが済まなそうに進み出た。結局の所、使用するワイヤーを点検していなかったミスから起きた事故で、彼は緊急職長会議に参加していない、出入りの搬入業者だった。
「しかし……ラッキー続きだよな」
タイトな工期でみんなに無理を掛けているから事故が起きるとして所長……高橋さんが今日は『ノー残業デー』という事に決めた。お陰でみんな早く帰る事が出来て、私は岡崎先輩と初めての二人飯だ。
「ホントに良かったですよね」
「ああ、まあな……」
しかし岡崎先輩の表情は曇ったままだった。私と居ても楽しくないのかも知れない。いいえ、今日はあんな事が有ったからだわ。いつも私を教育して頂いている感謝の心と、あわよくば私の恋心をお伝え出来ればと思ってるの。