喩えその時が来たとしても
「だけどさ、変だと思わないか?」
「何がですか?」
いつもと違う様子の岡崎先輩、ちょっと怖い。かなりお酒も進んでいるみたいで声にもドスが利いている。
「だってさ、あまりにも幸運に過ぎるだろ。有り得ねえ」
「そう言われればそうですけど……」
いつも折り目正しくキチンとした態度の先輩が、少しヤサグレた感じで絡んでくる。これはこれで私にしか見せないレアな姿だと思うと胸がキュンとなる。
「職人達の安全意識が足りないんですよ。みんな先輩にどれだけの迷惑が掛かるかちっとも考えてないんですから、頭に来ちゃう」
私渾身のアピール。先輩に届いたかしら。
「いや、俺に迷惑が掛かるだけならまだいいんだ。でも一歩間違ったら死亡事故が二件も起きてるって事だぞ」
駄目だったみたい。
「何か対策が必要だという事でしょうか」
「ああそうだ。馬場さんだったらどうする?」
こんな話をしに来たんじゃないのよ! 先輩ったらいつもこう! 作業中はいつだって仕事の話しかしない。そして今回、せっかく二人きりになれたというのに、現場からこの駅前の居酒屋まで20分。私は自転車を押して先輩の後にくっ付いて、黙って歩いてきただけだった。
「あの、……私はまだ経験が浅いのでなんとも……」
「まあな。そうかもな……」
「……」
やばい、間が開いてしまった。もうご飯も食べ終わったし、この間に乗じて切り上げられてしまったら、今度いつこんなチャンスが訪れるか解ったもんじゃない。そもそも先輩は私の事どう思ってくれてるの? 仕事の仲間? かわいい後輩? それとも只の部下でしかないの?! 只の部下だったとしたら、対策を思い付かなかった私は只以下の『無能な部下』?!
「先輩」
「あ、うん?」
「ご相談が有るんです」
私は玉砕必至の賭けに出た。先輩は私の真剣な眼差しに気付いたのか、まっすぐ視線を投げ返してくる。ああ……岡崎先輩に見詰められてる……。身体の奥から熱い物が湧き出したのが解った。
「どうした、何か悩み事でも有るのか?」
先輩は優しく微笑み掛けてくれてるんだろうけど……酔いのせいなのか、その笑顔がだらしない。そんな人間臭さを感じてまた、私の泉が溢れた。
「ん? どした?」
「あ……いえ……」
更に先輩のセクシーボイスが追い討ちを掛ける。私は溢れた泉が決壊しないように、なるべくお尻を動かさないようにしていた。