喩えその時が来たとしても
「だけどさ、変だと思わないか?」
「何がですか?」
ああ、俺はまた仕事の話をしようとしている。
「だってさ、あまりにも幸運に過ぎるだろ。有り得ねえ」
「そう言われればそうですけど……」
高橋所長からとんでもないプレゼントの『ノー残業デー』を頂いて、偶然を装って馬場めぐみと出会した俺が、やっとの事でこぎ着けた『二人飯』。だがここまで来る間にも全く気が利いた言葉を掛けられず、イイトコ無しの俺。自然語調も荒くなってしまうのは、自分への叱責がそうさせている。
「職人達の安全意識が足りないんですよ。みんな先輩にどれだけの迷惑が掛かるかちっとも考えてないんですから、頭に来ちゃう」
馬場めぐみから俺への思いやり。可愛くて仕事が出来てその上優しいなんて、完全無欠にも程がある。
「いや、俺に迷惑が掛かるだけならまだいいんだ。でも一歩間違ったら死亡事故が二件も起きてるって事だぞ」
ああ駄目だ。会話の流れを変えられない。
「何か対策が必要だという事でしょうか」
「ああそうだ。馬場さんだったらどうする?」
こんな話をしに来たんじゃないんだ! 俺はいつもこうだ! もっと彼女に近付きたいのに、仕事以外でも仲良くなりたいのに。間を繋ぐ為に仕事の話をしてしまうんだ。
「あの、……私はまだ経験が浅いのでなんとも……」
ほら困ってる。俺は彼女の真剣な顔が好きだが、こんな風に困らせたくはない。
「まあな。そうかもな……」
「……」
やばい、フォローのつもりで肯定したのに余計間マが開アいてしまった。もう飯も食べ終えてしまったし、この間に乗じて帰るとか切り出されたら堪ったもんじゃない。こんなチャンスは滅多に無いんだ。
「先輩」
やっぱり! もう帰るとか言わないよな。頼む、言わないでくれ!
「あ、うん?」
俺はもし彼女がそう切り出しても『聞こえない振り』をするつもりでいい加減な返事をする。
「ご相談が有るんです」
ああ、良かった。彼女からの相談なら、少しは時間が稼げる。それに彼女の表情を見ろ! 俺の大好物、レアなご馳走である真剣な顔になってるじゃないか。俺は顔がヤニ下がって行くのを抑える事が出来ない。
「どうした、何か悩み事でも有るのか?」
顔が弛みまくっているのを覚られないよう、先輩らしく問い掛けてみるにはみたが、どうなんだろう。馬場めぐみは複雑な表情をしていた。