喩えその時が来たとしても
「可愛いと思ってたって先輩……」
失敗した。岡崎先輩の言葉を繰り返した事で私は、とうとう恐れていた泉の決壊を招いてしまった。あのセクシーボイスで『可愛いと思ってた』だなんて言われて、私の全身は今にもとろけて流れ出してしまいそうだった。だけど、こういう場面で女というのはツクヅク不便な生き物だ。もし男なら興奮して身体の一部に変化を来したとしても、心の平静を取り戻し、少しの時間が過ぎさえすれば(多少の湿度の違いこそあれ)元の状態に戻る事は出来る。素知らぬ顔で気取っていられる。
でも女ときたら、一度決壊した泉は元通りにはならない『不可逆反応』だ。状況が悪化するのを食い止める為にも as soon as possible でトイレに駆け込まなければならない。しかも運が悪い事に我が社の作業着は、水分を含むとカーキ色が濃くなって周りから際立ってしまう。この前代未聞のチャンスを逃す事になったとしても、股間部分が変色した所を先輩に見られる訳にはいかない。絶対に見られてはいけない!
「せ、先輩っ。ちょっと失礼します」
「ん? あ、ああ」
先輩は拍子抜けしたような感じで返事をした。そりゃ私が貴方でもそうだと思います。せっかく誉めてやった女が、何のリアクションもせずすぐにトイレだなんて! 興醒めもいいところですよねっ。でも、でもでも、でもでもでも。この惨状を愛しい貴方に覚られてしまうなんて、そんな恥ずかしい思いをする位なら死んだ方がマシだもの。それが女だもの!
出来るだけ脚を開かないようにして、私はペンギン歩きで洗面所に向かった。けれど……。
「最悪っ!」
そこに待っていたのは冷たく扉を閉ざしたレストルーム。わずかに感じられる気配から、中ではリバースの真っ最中。結構難産の様子で、扉が開く兆しさえ無い。しかしこれだけのキャパに男女兼用の個室がひとつって有り得ますか? 酔客にはご不浄が必要不可欠なんじゃありませんか?
「早……くうぅ」
ドンドンと扉を叩きながら懇願する私。モジモジと身体を動かす度、ジワー、ジワーと生温かい物が腿を伝う。
「もう……駄目だわ」
私は決壊修復を諦め、作業着の上着を脱いで腰に巻いてみた。するとどうだろう。袖の部分で上手いこと下半身正面の中心部分は隠れるし、お尻の方は全くと言っていい程見えない。加えて下に着ていたポロシャツが透けて、お気に入りのオレンジのブラが俄にその存在を主張し出す。
「これはこれでエロいんじゃないかしら♪」
私は気を取り直して席へと戻った。