喩えその時が来たとしても
「実は俺、貴女の事が気になって、あそこからチロチロ見てたんだよ」
少し私の耳元に顔を寄せて指を差すおじ様、仄かにコロンの香りがする。その示す先にはグループ用の座卓が有り、数人のその他おじ様達が談笑していた。
「貴女には申し訳ないけど……彼氏、脈は無いと思うなぁ」
このおじ様は、私と先輩の事を見ていたんだ。私が舞い上がったり、モジモジしたりしていたのも見られていたんだろうか。そうだ、それなら先輩の具合が悪かったのかも見ていた筈。
「あの……先輩……いえ、同席していた男性の事なんですが、どんな様子でしたか?」
先輩のアドレスも電話番号も、会社から支給されたパソコンとピッチの物だ。今連絡を取るにも、その手段は何も残ってない。私がトイレに行っていた間の事を把握しているのは、私が置き去りにされた理由を知る頼みの綱は、唯一このおじ様だけなのだ。いつの間にかおじ様が面倒をみていた酔っ払いのオジサンは消えていて、テーブルの脇に立つ格好になっているイケメンおじ様。
「あ、どうぞ。お座り下さい」
お酒の勢いで気が大きくなってるんだろう。私は先輩の座っていた席におじ様を促した。
「お、悪いね……ええっと……」
「めぐみです」
「おお、めぐみちゃんか。可愛い貴女にぴったりだ。俺は倉科クラシナ。高校の同級生との集まりでね。腐れ縁さ」
知らないおじ様に名前をホイホイ教えたりして……こんなハシタナイ事、シラフだったら絶対しないのに。私はまた自分自身を責めていた。その表情が憮然とした物に見えたのか、倉科さんは慌てて言った。
「ああごめん、彼氏の事だったね。教えるから怒るなよ」
「え? 怒ってませんよお」
「だって眉間にクッキリ皺が寄ってるからぁ」
「普段だったらこんな簡単に名前を教えたり、席に招いたりしないので、自分に腹が立ったんだと思います」
この場を取り繕おうとして、慌てているように見えた倉科さんが肩の力を抜いて私に微笑んだ。
「という事は……めぐみちゃんと彼氏の脈は無かったけれど、俺とめぐみちゃんの脈は有るってことかな?」
悪戯っぽく私の顔を見上げる倉科さん。目上のかたにこう言ったら失礼だけど、茶目っ気たっぷりで可愛い。やっぱり年齢を重ねても、イケメンはイケメンなんだ。
「いやだあ、さっき出会ったばかりなのに……」
倉科さんからのアプローチは、ガンガン来る感じではないので不快さは無い。寧ろ私の敏感な所をやんわりと包み込み、転がされているような心持ちだった。