喩えその時が来たとしても
ハム太郎は嬉しそうにヒマワリの種を文字通り頬張って、モキュモキュと咀嚼している。
「ちょっと待ってろな」
浄水器の水を水やり器に入れてやるのも俺のこだわりだ。セットしてやり、ケージの扉を閉めてやると、待ってましたとばかりに水を飲み始めた。
「しかしお前、なんでここから水が出るって知ってるんだ?」
そんなどうでもいい質問をして、返ってくる筈もない答えを待つ。
「お前と会話が出来たらいいんだけどなあ~。なぁ、慰めてくれよぉ……」
実の所、俺には友達が少ない。現場監督なんて仕事は、朝早くから現場に出て、夜も事務作業やなんやらで八時九時まで当たり前に働いている。遊んでいる暇なんかちっともない。学生時代の友達とも疎遠になるし、新しい知り合いが出来る機会もなかなかない。仕事が終わってしまえば誰と会話をするでもない。こうしてハム太郎と過ごすしかないのだ。
「ま、無理な話か……今日みたいに落ち込んだ日に、アニメとかだとお前が話掛けてくる事になってるんだが……ハハハッ、アホな事言ってないでシャワー浴びて寝よう」
とはいえ、充分温アッタまって布団に就いた俺にはそれでも、眠気のネの字も襲って来なかったのだ。暗闇の中で時折痒みには襲われるものの、意識はいつまでも明瞭なままで揺るがない。
「うう~ん」
ポリポリと頭を掻き、寝返りをうつ。
「む、んむ」
タオルケットを手繰り寄せ、抱き締める。
「ああっ、眠れん。どうしたらいい、ハム太郎」
電気を点けてケージを覗き込んでみたら、俺を哀れむように見詰めるハム太郎と目が合った。
「お前も眠れないのか? いや、お前は夜行性だったな」
だがすぐに目を逸らしてソワソワと落ち着かない行動を取り始めるハム太郎。はなから本気でこいつとの意志疎通を求めていた訳ではないが、もう少しドラマチックな展開が有っても良くないか。そう思ったにも関わらず、素知らぬ顔で回し車に飛び乗り、全力で駆け出すこいつ。
「ちぇっ、いい気なもんだよ」
しかしそうこうしている内に馬場めぐみへの後悔とか、罪悪感とか、俺の中の弱さとか、普通過ぎる自分の事とか、事故の件や工期の事まで……諸々の事がガラガラと音を立てて崩れ去り、クヨクヨしていた気持ちがすっかり元通りになっていた。
「そうだ。一世一代の恥をかいたんだから、これ以上の恥は無い。明日は素直に謝ろう」
そう心に誓って横になると、程無くして眠りに就けたようだった。